2018年アメリカでNo1ベストセラーになった、ミシェル・オバマ元大統領夫人の回想録 Becoming

作者:Michelle Obama (元大統領夫人)
ハードカバー: 448ページ
出版社: Crown
ISBN-10: 1524763136
ISBN-13: 978-1524763138
発売日: 2018/11/13
難易度:中級(わからない単語は多いと思うが、辞書さえひけば高校卒業程度の英語で読めるし、理解できる文章)
適正年齢:PG(読めるなら何歳でもOK)
ジャンル:回想録

新しい国であるアメリカには貴族や皇族などのロイヤルファミリーが存在しないが、それに匹敵するのが大統領とその家族だ。アメリカ国民は彼らの言動だけでなく、ファッションにも注意を払う。そして、任期が終わると、大統領だけでなく、大統領夫人も回想録を出す。

政策に直接関係ない大統領夫人の支持率は、夫の大統領のものより高い傾向がある。近年の大統領夫人の平均支持率では、ミシェル・オバマ(65%)は、バーバラ・ブッシュ(81%) とローラ・ブッシュ(72%)に続く3位の位置にあり、政策に口出しをしてバッシングにあったヒラリー・クリントン(56%)、ナンシー・レーガン(55%)より高かった。

支持率は回想録のセールスに関係がありそうだが、そうでもない。

支持率が72%もあったローラ・ブッシュの回想録は、最初の週に15万部近くが売れてベストセラーリストの2位になったが、支持率が56%だった44代大統領夫人のヒラリー・クリントンが2003年に出した回想録Living Historyは、最初の週に60万部以上売れてアメリカのベストセラー記録を更新したのだった。大統領選挙の敗北後に出したWhat Happenedも、最初の週に30万部(ハードカバー、ebook、オーディオブック含む)以上が売れ、ハードカバーの売上では過去5年のノンフィクションで最高の売上を記録した。

ローラ・ブッシュには夫を陰で支える伝統的なアメリカの賢妻のイメージがあり、そのために保守的な共和党支持の男女から尊敬されていた。リベラルな民主党支持者も、夫のジョージ・Wに強い怒りを覚えていても「夫と妻は別の人格」と捉える成熟さがあった。だから支持率は高かったのだが、ローラという人物に対して強い興味を抱く人はさほど多くなかったのであろう。

その点、ヒラリー・クリントンはローラとはまったく異なるタイプの大統領夫人だった。大統領夫人という立場なのに医療制度改革を試みて反感を買い、敵を多く作った。だが、同時にステレオタイプの「大統領夫人」に挑戦したヒラリーの勇敢さを評価する女性ファンが生まれた。こういった「情熱的なファン」に加え、公の場で詳細が暴かれたビル・クリントンの女性スキャンダルの後でも夫と別れなかった妻の心情への好奇心もあってヒラリーの回想録は記録的に売れたのだった。

その後もヒラリー・クリントンの回想録は必ずベストセラーになったのだが、それを超えたのがミシェル・オバマの回想録Becomingだった。

Becomingは、最初の15日で200万部(ハードカバー、ebook、オーディオブック含む)を売り、ヒラリー・クリントンのLiving Historyの歴史的な販売記録を超えた。また、ヒラリー・クリントンのブックツアー(出版社が著者に要求する販促イベント)は大学での講演や書店でのサイン会だったが、ミシェル・オバマはスポーツ観戦に使われる巨大なアリーナを使い、しかも売り切れが続出している。私が住むボストンでは約2万人収容可能なTDガーデンが使われ、ステージ近くのチケットは約500ドル(約55000円)で平均214ドル(約25000円)という、エルトン・ジョンのさよならツアーレベルだった。もちろん前代未聞である。

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私が行った2017年ボストンでのミシェル・オバマのトークイベント

さて、それほど売れているBecomingだが、内容はどうだろうか?

歴代の大統領夫人とミシェル・オバマの最大の違いは、ミシェルが奴隷を先祖に持つ黒人だという点だ。しかも、ミシェルは多くの大統領夫人のように経済的に恵まれた環境では育っていない。現在は犯罪が多いことで知られるシカゴのサウスサイド地区で、水道局で働く父と専業主婦の母に育てられた。

この回想録の前半で、ミシェルは質素ながらも努力家で愛情たっぷりの両親、ピアノを教えてくれた厳しい大叔母、カリスマ性がある兄を通じて、家族や隣人たちとの絆を大切にしていた当時のサウスサイドのコミュニティの様子も紹介している。

周囲に模範となる高学歴の成功者がいたわけではないが、ミシェルは、類まれなる向上心と努力、そしてお手本となる兄の影響でアメリカで最難関として知られる「アイビーリーグ」のひとつであるプリンストン大学に入学した。そして、卒業後にはハーバード大学のロースクール(法曹養成の専門大学院)で学び、シカゴで名前が知られた法律事務所に勤務した。ミシェルがバラクに出会ったのはこの法律事務所だった。

ここまでのミシェルの話は、「すごい達成だ」と感心させるが、正直いって退屈なところがある。これまで知っている努力家のミシェルそのものであり、何も驚きがないからだ。回想録がぐっと面白くなるのは、ミシェルがバラクに出会ってからだ。

彼らが出会ったとき、バラクはまだハーバード大学ロースクールの学生であり、ミシェルは法律事務所での彼の指導係のような立場だった。バラクは、このころからカリスマ性あるスーパースターだったようである。最初はデートを断り続けたミシェルだが、バラクに根負けした形で付き合い始め、ついに結婚することになるのだが、プロポーズのときですら、バラクは自分のペースを崩さない。働く女性としてそれまで綿密に人生の計画を立てて着実に実行に移してきたミシェルにとって、バラクはそれを乱す不確定要素のようなものだった。

バラクは最初から富にはまったく興味がなく、コミュニティの立て直しや貧困層の救済など社会的にインパクトがあることに駆り立てられていた。経済的に独立し、働く女性として大きな達成をすることを夢見ていたミシェルにとって、バラクと一緒になることは、相当大きな決意だったに違いない。なにせ、バラクはお金儲けには興味ないが、自分がやりたいことに100%の時間と労力を費やすのだ。そういう人と結婚して子どもも育てるためには、妻のミシェルが経済面と家事育児で大部分の責任を負わねばならない。この本で明かされている葛藤はたぶん一部でしかないが、それだけでもミシェルが相当悩んだことが想像ができる。

40歳のミシェルが、シカゴ大学メディカルセンター病院のエグゼクティブ・ディレクターという重職をこなしながら、昼食の休みの間に5歳の娘が土曜日に招かれている誕生パーティのプレゼントを買い、見当たらなくなった靴下を買い、娘たちが学校に持っていくランチ用のジュースやアップルソースを買い、その合間にお昼ごはんのテイクアウトを車の中で食べる。そうしながら、「私はご飯を食べている。(家族は)まだみんな生きてる。見て、この管理の腕前を!」と小さな達成を心中で自画自賛する描写は、同じような体験をした母親にとって拍手したくなるほど見事な表現だ。

また、仕事優先のバラクのために夕食を待っている家族が疲れ果ててしまうところなどにも、男性パートナーと同様の学歴や能力がありながらもサポート役にまわる女性の苦悩が感じられる。葛藤しながらも、ミシェルは社会を変える情熱を抱く夫を愛するがゆえに自分のニーズを後回しにするのだ。

「政治の世界には興味はない」と何度も繰り返すミシェルは、バラクのために上院議員の妻になり、大統領夫人になった。そして、この本でそれを率直に書いている。

アメリカの女性が惹かれるのは、このミシェルなのだと私は思う。

大統領夫人の回想録は、読者に親密さを抱かせつつも、あまり極端なことは書けないという「綱渡り」的な難しさがある。ミシェルは、それをうまくこなしたうえで、嘘のない「本物らしさ」を保っている。多くの人が知らなかったバラクの素顔も少しばらしながらも、決して貶めていない。

ただ、そんなミシェルが一人だけはっきりと批判している人物がいる。それはトランプだ。

「バラクのアメリカの出生証明書は偽造であり、ケニアで生まれたイスラム教徒だ」というニュアンスの陰謀説「バーサー運動」を公の場で何年にもわたって煽り続けたトランプに対し、「そのものがクレイジーで卑劣で、むろん、強い偏見と外国人差別が根底にあることを隠しもしない」と真っ向から批判し、「wingnutsやkooks(どちらも、考えていることが狂っている変人という俗語)をわざと煽り立てるためのものであり、危険でもある」、「もし精神が不安定な人が銃に弾をこめてワシントンまで運転してきたらどうするのか? もしその人が私の娘たちを狙ったらどうするのか? ドナルド・トランプは、派手で無責任なほのめかしで私たち家族を危険に晒した。この理由で、私は彼を決して許さない」と書いた。

これについてトランプ支持の共和党員は批判したが、それ以外の人々は「よく言ってくれた」とミシェルの正直さを讃えた。また、ここに彼女の「本物らしさ」を感じた読者もいる。

元大統領夫人の回想録で難しい綱渡りを達成したBecomingは、それだけでも非常に優れた回想録といえるだろう。

この回想録を反映してか、2018年末には、「最も称賛されている女性」でミシェルは初めてヒラリー・クリントンを抜いて1位になった

【追記】ミシェル本人が読んでいるオーディオブックがオススメ。

1件のコメント

  1. まさにオーディオブックで読み進めております!休暇の移動中に聞いており、終盤に差し掛かりました。

    おっしゃる通り、ファーストレディの回想録という制約の中での新ネタの盛り込みとぶっちゃけ度合いが絶妙だと思います。

    本書を読んで、オバマ大統領がミシェルに感謝したフェアウェルスピーチ(自ら望んだわけでない役割を見事に自分のものにしたこと)や、以前読んだ若き二人のインタビュー記事(*)の背景が私の中で繋がりました。

    ミシェルの今後の人生が楽しみです。

    *https://www.newyorker.com/magazine/2009/01/19/a-couple-in-chicago

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