イラク戦争に従軍し、英雄として帰国した後に銀行強盗になった囚人による自伝的小説 Cherry

作者:Nico Walker
ハードカバー: 336ページ
出版社: Knopf
ISBN-10: 0525520139
ISBN-13: 978-0525520139
発売日: 2018/8/14
適正年齢:R(セックス、ドラッグ、罵り言葉)
難易度:中級(スラングや罵り言葉を除き、英語が得意な日本人の高校生が作文で書けるレベルの文章)
ジャンル:現代小説(自伝的小説)
キーワード:イラク戦争、退役軍人、ヘロイン依存症、銀行強盗、ヒルビリー

この本は小説の形を取っているが、「回想録」と呼びたくなるほど作者自身の体験を語っている。

作者のニコ・ウォーカー(Nico Walker)は、2005年~2006年の間陸軍衛生兵としてイラク戦争に従軍した。「ヒーロー」として帰国したのだが、その後ヘロイン依存症になり、ドラッグ代を稼ぎ出すために銀行強盗に手を染める。4ヶ月の間に10もの銀行を襲い、ようやく逮捕されて現在は服役中だ。

銀行強盗をした囚人が服役中に小説家デビューした経緯は、著者自身が「Acknowledgements」に書いているのだが、それ自体がまるで小説なのだ。

服役して2年半経った2013年、28歳になったウォーカーは、マシュー・ジョンソンという人物から5ドルが同封された手紙を受け取った。ウォーカーの記事を読んで興味を抱いたので、返事が欲しいというリクエストだった。ジョンソンはTylantというインディ出版社を運営しており、ウォーカーが本を書けば売れると睨んだのだろう。ジョンソンはウォーカーに次々と小説を送り、そのうちに本を書くことをアドバイスするようになった。2年半に渡って少しずつ送ったものは最初のうちまったく使い物にならない代物だったらしいが、Tylantのチームは新たに加わった人物のプッシュでなんとか読める作品にしてKnopfに出版権を売却した。

この時点でのウォーカーの作品は、読む人に「(主人公はくそったれ)the main character was an asshole」という印象を与えるものだった。それを「くそったれだけれども、なんとなく好感を持てる(The main character was an asshole but I kind of liked him)」という状態に手を入れたのがKnopfの編集者であるティム・オコーネルだ。

2018年8月にこの小説が刊行されたときに私が興味を抱いたのは、「Hillbilly Elegy(邦訳版『ヒルビリー・エレジー』)の小説版」という謳い文句だった。だが、読んでみたら、似ているのはヘロイン依存症が蔓延している中西部だという部分だけだった。

Hillbilly Elegyの著者が貧しい環境から努力してアイビーリーグ大学の大学院に行き、社会経済的に成功を収め、社会に貢献する努力をしているのに対し、Cherryの作者は、社会経済的に恵まれた環境で育ったのに、他人を利用するだけで努力などしていないのだ。

『ヒルビリー・エレジー』の作者は大学教育を受ける資金を得るために従軍したのだが、ウォーカーは親の金で大学に行かせてもらっている。それなのに、勉強もせずにガールフレンドとドラッグをしたりして、ドロップアウトして戦争に行く。その後も親から金を借り、学生ローンをドラッグに使いこみ、金がなくなったら軽い気持ちで銀行強盗をする。本からはそれに対する後悔を感じない。

私は『Cherry』の語り手が徹底的にassholeだと思ったので、「あとがき」に匹敵する「Acknowledgements」 を読んだときにオリジナルバージョンがどれほどassholeだったかかえって興味を抱いてしまった。

Knopfの編集者が相当手を入れたと思うのだが、文章は(汚い罵り言葉の連続を除けば)中学生か高校生の作文レベルだ。下記のように思い出したことをそのまま紙に書きつけた感じなのだが、それがかえって主人公の思考回路や人となりを浮かび上がらせている。それが微妙にブラックユーモアに感じて、「ひょっとして文芸的?」と感じるところもある。たぶんそれはKnopfの編集者の手腕だろう。

Old Man Gerasene had half a dozen daughters and granddaughters. They all drove Escalades or Denalis or whatever and they liked soap operas and The Sopranos and shit like that.

なぜこの本が回想録ではなく小説のジャンルとして出版されたかというと、犯罪者が犯罪から利益を得ることが禁じられている法律「Son of Sam Law」があるからではないかと思う。

また、編集者が相当加筆修正しているので、フィクションであることは間違いないだろう。だが、これを読むと、「中西部の白人のアメリカ人は職がないから貧困になり、貧困のために高等教育を受けられなくて従軍する。そして、それらすべての要因がヘロイン依存症につながっている」という一般論にある同情的な視点が覆されてしまう。『Hillbilly Elegy』とは逆効果の小説だ。かといって、文芸小説としての価値があるかどうかという点でも首を傾げる。あえて言うなら何十年後かに振り返ったときに「21世紀初頭のアメリカ中西部の若者」を記録する歴史的な価値がある小説なのだろう。

レビューを書くまで少し時間を置いて考えようと思っていたが、半年経ってもまだモヤモヤしたままなので、そのモヤモヤを正直に書くことにした。

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