2020年大統領選挙の民主党スター候補として注目されるカマラ・ハリスの自己紹介本 The Truths We Hold

作者:Kamala Harris
ハードカバー: 336ページ
出版社: Bodley Head
ISBN-10: 1847925790
ISBN-13: 978-1847925794
発売日: 2019/1/8
適正年齢:PG(読むことができれば何歳からでも)
難易度:上級(文章そのものはシンプルで明快。だが、アメリカの時事と単語が理解できなければ内容そのものが理解できないだろう)
ジャンル:回想録・政策
キーワード:Kamala Harris、カマラ・ハリス、民主党、大統領選候補、マイノリティ、黒人、インド系、女性、女性政治家、上院議員、カリフォルニア州司法長官、カリフォルニア州地方検事

児童書版も同日に発売

アメリカの大統領選は長い戦いだ。

詳しい流れは拙著『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』に書いたが、多くの候補は前回の大統領選が終わったときにはすでに出馬するかどうかを考え始めている。そして、それぞれの党での予備選が始まる数ヶ月も前から委員会を作り、予備選の方向を決める最初の2つの重要な選挙地であるアイオワ州とニューハンプシャー州で有権者の反応を調査し、全米レベルでの世論調査なども行う。

そのうえで候補が「勝ち目がある」とみなして決意したら大統領選の本戦の2〜1年半前くらいに出馬を公表する。早すぎると飽きられてモメンタムを失う可能性があるし、遅すぎると候補について知ってもらう前に選挙になってしまう。このあたりが非常に難しいところだ。

通常なら現職の大統領がまだ1期めの場合にはその党は対立候補を出さない。だから2020では共和党の候補はトランプということになる。だが、ロシア疑惑の調査が進んでいる状況なので、その成り行き次第で名乗りを上げる準備をしている候補はいるだろう。

そこで、メディアの関心はトランプに対抗する民主党の候補に集中している。

2月9日現在の時点で出馬を公表しているのは、カメラ・ハリス(カリフォルニア州、上院議員)、カーステン・ギリブランド(ニューヨーク州、上院議員)、エリザベス・ウォーレン(マサチューセッツ州、上院議員)、タルシ・ガバード(ハワイ州、下院議員)、エイミー・クロブチャー(ミネソタ州、上院議員)、コリー・ブッカー(ニュージャージー州、上院議員)、ジョン・デラニー(メリーランド州、下院議員)、フリアン・カストロ(オバマ政権でのアメリカ合衆国住宅都市開発長官、元サンアントニオ市長)で、女性が5人も含まれている。

そして、近い将来に発表すると見られているのが、ベト・オルーク(テキサス州、元下院議員)、シェロッド・ブラウン(オハイオ州、上院議員)、ジェフ・マークリー(オレゴン州、上院議員)、そして2016年の予備選でヒラリー・クリントンと苦い戦いを繰り広げたバーニー・サンダース(バーモント州、上院議員)である。

また、ジョー・バイデン元副大統領も出馬を考慮していると言われている。

非常に数が多いようだが、2016年の共和党の予備選のようにほとんどが初期に脱落する。最初の2つの予備選であるアイオワとニューハンプシャーでかなりの票を集められた候補だけが本命になる可能性を持っている。

現時点で、民主党内で本命になる可能性があるとみなされているのは、エリザベス・ウォーレン、ベト・オルーク、シェロッド・ブラウン、バーニー・サンダース、ジョー・バイデン、そして本書『The Truth We Hold』の著者であるカマラ・ハリスといったところだろう。

カマラ・ハリスはある意味非常に2020年的な大統領候補といえる。

父親がジャマイカ出身で母親がインド出身という移民2世であり、肌の色が褐色の有色人種(アメリカでは黒人とみなされる)で、しかも女性という3重のマイノリティこれまでのアメリカでは「当選する見込みゼロ」と最初から考慮にも入れられなかっただろう。

だが、トランプ大統領の誕生で多くの状況が変わった。アメリカの大統領がみずから女性、移民、人種マイノリティに対する差別的な言動を繰り返し、明らかな白人至上主義者すら擁護し、冷戦時代からアメリカの最大の敵でありライバルだったロシアと深く関わっている可能性があるのだ。この異様な事態のおかげで、アメリカの政治の常識がすべて吹っ飛んでしまったのだ。

この混沌で人々が求めるのは古株ではない。2008年のバラク・オバマのような新しいスターだ。だからこそ、高齢のバーニー・サンダースや古株のエリザベス・ウォーレンよりも、テキサス州の上院議員選挙で惜しくも破れたベト・オルークや2017年に上院議員になったばかりのカマラ・ハリスに期待が集まっている。

人々が最初にカマラ・ハリスに注目したのは、2016年の大統領選へのロシアの介入とトランプ候補や陣営のロシアとの関わりを疑う「ロシア疑惑」に関する2017年の上院司法委員会でのことだった。トランプ候補を早くから支持し、司法長官に任命されたジェフ・セッションズに対する鋭く揺るがないハリスの勇姿が多くの視聴者を魅了し、ソーシャルメディアでも英雄として広まった。

また、2018年には、トランプ大統領が連邦最高判事に指名したブレット・カバノーに性暴力を受けたと訴える複数の女性が現れ、そのうちのひとりが公聴会で証言する大きな出来事があった。注目を集めたカバノー自身の公聴会の証言で静かながらも厳しく追求するハリスはさらに多くのファンを集めた。

アメリカの憲法では35歳以上でないと大統領にはなれないと定められているので、54歳のハリスは現在の候補者の中では若手のほうだ。2016年にバーニー・サンダースを支援した若者たちの多くがすでに別の候補に乗り換えているが、ハリスはそのうちのひとりである。

ハリスは1月21日の「キング牧師記念日」に立候補を発表したのだが、本書『The Truth We Hold』の刊行がその寸前だったのは偶然ではない。この本は、まだ全米で知名度が高くないハリスが自分を紹介するための本なのだ(児童書版も同じ日に出版されて、アマゾンのベストセラーリストに入っている)。

ハリスの両親はどちらも移民だが、ジャマイカ出身の父親はスタンフォード大学の経済学の教授であり、インド出身の母親(故人)は乳がん専門の研究者という専門職だ。幼いときに両親が離婚してシングルマザーの母に育てられたハリスと妹のどちらも高等教育を受けて弁護士の資格を取っており、この回想録からは、トランプ大統領が支持者たちに対してよく語る(フィクションともいえる)ステレオタイプとは異なる移民、有色人種、シングルマザーの実像が浮かび上がる。

弁護士として高収入を得るためには、有名な弁護士事務所の企業弁護士になったほうがいい。だが、ハリスは収入が限られている検察を選んだ。そして、2004年に40歳で地方検事になったハリスは、47歳のときに選挙で共和党の対立候補を僅差で破り、女性としても、黒人としても、インド系としても初めてのカリフォルニア州司法長官に就任した。

The Truth We Holdは、こういったハリスの生い立ちや経歴、そして彼女が取り扱ってきた社会経済的な問題について説明する本であり、自己紹介書としてはコンパクトでわかりやすい良書といえるだろう。

しかし、彼女をまったく知らない人を魅了するような内容かというと首を傾げてしまう。というのは、ここに描かれているハリスはあまりにも優等生すぎるのだ。実際に努力家で優等生だったというだけではない。

例えば、本書にも出てくるカリフォルニア州でせっかく合法になった同性婚が2008年の住民投票により覆されたケースだ。「州憲法修正案(Proposition 8)」は「結婚は男女間のものだけ」とするものであり、これを大幅に支持したのが黒人票だった。ハリスがLGTBQの権利のために戦ってきたのは事実だが、彼女はこの問題の背後にあったこの「語りにくい事実」についてはまったく触れていない。この住民投票はバラク・オバマが大統領候補として出馬した記念すべき選挙と同じ日だった。黒人として初めての大統領を生み出すために、史上最多数の黒人が投票所に向かい、バラク・オバマに票を投じた。だが、皮肉なことに、その彼らの大部分が同性婚を禁じるProposition 8に票を投じたのである。これが結果を左右した。「経済や社会正義の問題のほうがLGBTQの問題よりはるかに重要」という説明もあったようだが、最大の理由は彼らが属している教会の教えにある。それ以外にも、異なるマイノリティの間での不信感や不満など複雑な要素が絡んでいると言われている。この問題に触れるのは政治家として命取りだと思うし、私が彼女のアドバイザーであっても「触れるな」とアドバイスしていたと思うが、やはり、美しい表層だけを説明している印象はぬぐえなかった。

それだけでなく、検事として、政治家としてのハリスの憤り、戦い、敗北、勝利、結婚や家族についても、あまりにも完璧で、美しく添削編集されたパンフレットのような感じがしてならない。ハリスに好感を抱き、2020年の本命とみなしている私ですらそう感じるのだから、彼女のことを知らない人がこれでハリスの人となりにぞっこん惚れ込むとは思えなかった。

できればもう少し脆弱なところ、人間くささを出しておいたほうがいいのではないか。そんな老婆心を抱いた「自己紹介本」だった。

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