マーガレット・アトウッドの名作ディストピア小説 The Handmaid’s Tale の続編 The Testaments

著者:Margaret Atwood
ハードカバー: 432ページ
出版社: Chatto & Windus
ISBN-10: 1784742325
ISBN-13: 978-1784742324
発売日: 2019/9/10
難易度:中級+〜上級(アトウッドの作品の中では最も読みやすく理解しやすい文章と内容)
適正年齢:PG15(性的なシーンと暴力シーンはややある)
ジャンル:スペキュラティブ・フィクション/ファンタジー/文芸小説
キーワード:The Handmaid’s Tale(侍女の物語)、ディストピア、Gilead(ギレアデ)、Aunt Lydia(リディア小母)、Offred(オブフレッド)
文芸賞:2019年ブッカー賞受賞

トランプが大統領に就任した2017年1月から1ヶ月も経たない2月、1985年に出版された古い小説がアメリカでベストセラーになり、1年を通じてベストセラーを続け、アマゾンで2017年に「最も読まれた本」になった。それは、マーガレット・アトウッドのThe Handmaid’s Tale(邦訳版タイトル『侍女の物語』だ。現代クラシックと呼ぶにふさわしいこの小説が一般の人にも知られるようになったのには、Huluでのドラマ化も影響している。

The Handmaid’s Taleの舞台は、キリスト教原理主義のクーデターで独裁政権になった未来のアメリカ合衆国だ。白人至上主義で、徹底した男尊女卑の社会である。国民は男女とも厳しい規則で縛られ、常に監視されている。環境汚染などで女性が出産率が激減しており、子供が産める女性は貴重な道具として扱われる。(クーデターの前であっても)不倫や堕胎をした女性は罪人であり、出産可能だとみなされたら子供を生むための「Handmaid(侍女)」として(妻は別に持っている)司令官にあてがわれる。Handmaidは所有物なので固有の名前を持つことは許されず、「of」に司令官の名前をつけたもので呼ばれる。

中絶禁止を違憲として人工妊娠中絶を認めるようになった1973年のアメリカ連邦最高裁の「ロー判決(ロー対ウエイド事件)」を知らないアメリカの若者にとってこれまで「ありえない架空の世界」だった。

だが、トランプ大統領は就任後すぐに海外で人工妊娠中絶を支援する非政府組織(NGO)に対する連邦政府の資金援助を禁止する大統領令に署名した。そして、2018年には、トランプは性的暴行疑惑があるブレット・カバノーを最高裁の判事に任命した。最高裁判所が5対4で保守に傾くことで、ロー判決が覆される可能が生まれている。

生殖に関する女性の選ぶ権利が実際に脅かされている現在のアメリカでは、The Handmaid’s Taleは決して「ありえない架空のディストピア」ではなくなっている。

そんななか、マーガレット・アトウッドがThe Handmaid’s Taleの続編であるThe Testamentsを出版した。ブッカー賞の審査官であっても出版日までは全編を読むことを許されていないほど秘密主義だったようだが、アマゾンが発売日より前に一部のカスタマーに「ミス」で郵送してしまったというスキャンダルもあった。

それほど期待されたThe Testamentsだが、何十年も前からThe Handmaid’s Taleを愛してきた読者にとっては不安な本でもあった。せっかくの名作の価値を損なう駄作だったらどうしよう?

結論から言うと、駄作ではないが、前作のように歴史に残る名作でもない。前作が紛れもない「文芸小説」だったのに対し、新作はよくある「ディストピア・ファンタジー」のように感じる。読んでいて面白いが、前作のように、行間から漂う不気味さや絶望感はない。しかし、前作では不明だったGileadの初期、構造、命運、そしてOffredのその後などの回答を得ることができるので、アトウッドが多くの読者から受けた質問の回答編としては納得できる。また、アクションが多くて決して読み飽きない。

Gileadの成人女性にはWife(妻)、Handmaid(子供を生むだけの道具)、Martha(手伝い)、Aunt(小母)という4つの階級しかない。上流階級の若い女性は学校で良き妻になる教育を受け、十代のうちに年上の司令官や上官の「幼妻」になる。上流階級の家で料理や掃除を行うMarthaには個々の名前はなく、誰もがMarthaと呼ばれる。何人のMarthaをあてがわれるかでその家の主人の重要さがわかるようになっている。文字が読めるのはAuntだけであり、そのほかの女性は本だけでなく文字を読むことが禁じられている。掟を破ったら広場で絞首刑になるか、罪が軽くて若ければ司令官たち専用の娼婦という運命しかない。

The Testamentsの主要人物は、前回でOffredのサディスティックな教育係だったAunt Lydia、Kyle司令官の養子として育てられたAgnes、そしてカナダで育った16歳のDaisy(読者にはGileadが取り戻したがっているBaby Nicoleだとすぐわかるようになっている)の3人の女性だ。

この中で最も興味深いのはAunt Lydiaだ。前の世界ではフェミニストで元女性判事だったAunt LydiaがいかにしてGileadの主要人物になったのか、そしてこの国の未来をどう操ろうとしているのか、そのあたりに人間の複雑さを感じる。

この小説の3人の女性が教えてくれるのは、民主主義や人権がいかに脆弱なものかということだ。

ツイッターなどのソーシャルメディアに流れてくる日本人の意見のなかには、民主主義や人権への敵意を感じるものが少なくない。

彼らは、それらが「自分ではない者(特に女性や子供)を優遇し、自分の権利を奪うわがまま」だと感じているようだが、そういった人には、短期間でいいから「民主主義と人権」を取り去ったGileadへの留学をおすすめしたい。

ただし、司令官の職はお約束できない。それよりも、たぶん女性とのセックスも許されない(すると処刑される)使い捨て兵士か、有色人種だから強制収容所送りになりそうだ。また、いったん入ったら二度と出ることができない点がやや問題かもしれないが、民主主義や人権に敵意を覚える人にとってはさほど大きな問題ではないだろう。

1 Comment

  1. やっと図書館で借りることができました。「予想外の展開はないけれど、おもしろく読ませるのはさすが。でも、ブッカー賞を受賞するほどではないかなぁ」という感想です。前編の『The Handmaid’s Tale』は、出版当時ではなく、今から20年ほど前に同僚のカナダ人男性が薦めて貸してくれた時に読みました。物語の詳細は忘れてしまっていますが、ものすごい衝撃を受けたのを覚えています。続編の本作にはそれほどの衝撃はありませんでしたが、「History does not repeat itself, but it rhymes.」という一文が重く心に残りました。

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