心理セラピストにかかる心理セラピストの、ありのままの回想録 Maybe You Should Talk to Someone

作者:Lori Gottlieb
ハードカバー: 432 pages
出版社: Houghton Mifflin Harcourt
ISBN-10: 1328662055
出版日:April 2, 2019
適正年齢:PG15
難易度:中級+(お喋りを聞いているようですんなり理解できる)
ジャンル:回想録
キーワード:心理セラピスト、心理療法、恋愛、不治の病、孤独、自殺願望、精子ドナー

日本ではさほど一般的ではないが、アメリカ(特にカリフォルニアやニューヨークなどの大都市)では、心理セラピーを受ける人は多い。疾患などで困難な状況を体験すると担当医がセラピストを紹介してくれるシステムもある。

20年ほど前に美術館で油絵のレッスンを受けていたとき、同じクラスに心理セラピストがいて、そのときに「心理セラピストも心理セラピストに通っている」ことを知った。児童虐待の犠牲者を専門に治療している彼女は、クライアントの秘密保持の義務があるのですべてを胸の内にためこんでいる。プロとはいえ、自分も人間だから落ち込む、その辛さに対応するために油絵を描いたりしているのだが、プロの援助も必要だ。だからたいていの心理セラピストは心理セラピストにかかっているのだと彼女は言った。また、プロとして独立する前には、制度として別の心理セラピストのセラピーを受けなければならないらしい。

昨年ベストセラーになり、今でも売れ続けているMaybe You Should Talk to Someoneという回想録の作者は、ロサンゼルスの心理セラピストLori Gottliebである。タイトルは、心理的な問題を抱えている人に対して、主治医や友人が「誰か(この場合は心理セラピストを指す)に話をきいてもらったほうがいいのでは?」と提言するときの決り文句だ。作者のGottlieb自身もあれこれ悩んでいたときに身近な人からこう言われて心理セラピストにかかるようになった。

Gottliebは興味深いキャリアを持った女性だ。

イェール大学とスタンフォード大学で学び、その後ハリウッドでテレビ局のエグゼクティブになり、それからメディカルスクールで学んだものの、途中でやめてジャーナリストになってかなり成功していた。けれども、再びメディカルスクールに戻ることを考えて相談したときに精神科医ではなく心理セラピストになることをすすめられた。そこで、大学院で心理療法を学んで心理セラピストになったという。その間にも、The Atlanticの人気連載Dear Therapistなど多くの執筆をし、あちこちのメディアに出演している。

メディアに登場するGottliebを見ていると、何の悩みもない成功者のように見える。だが、子供が欲しいのに相手がいないので精子ドナーのサービスを利用してシングルマザーになったり、婚約者から突然別れを言い出されたり、契約した本が書けなくて逃げ回ったり、悩み多き人生を送ってきたようだ。

この回想録は、その人生のゴタゴタや不安をかなり率直に書き綴ったものなのだが、それだけでなく、自分と心理セラピストとのやりとりにも深く入り込んでいる。それも興味深いのだが、読んでいて最も惹かれたのが、Gottliebの4人の患者についてだ。ここに書いているということは、患者の許可を得てのことなのだろうが、「ここまで書いてよいのか?」と思うほどリアルだ。

人気番組を持っているハリウッドの男性プロデューサーは、徹底的に自己中心的で鼻持ちならないミソジニストなのだが、彼が必死になって隠してきた過去の悲劇を知ると、同情せずにいられなくなる。悪い相手との悪い恋愛ばかり選ぶ若い女性と、母親として失敗した過去をひきずって自殺願望を持つ女性についても、だんだん人間として興味を抱けるようになる。不治の病にかかった新婚の女性のケースでは、Gottliebと一緒に苦悩してしまう。笑えるところもあるが、表紙にあるようにティッシュが必要なことのほうが多い。

心理セラピストの密室に同席させてもらい、貴重な体験をさせてもらったような気分になる1冊だ。

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