21世紀アメリカのハードボイルド Long Bright River

作者:Liz Moore
ハードカバー: 496 pages
出版社: Riverhead Books(ペンギンランダムハウス)
ISBN-10: 0525540679
ISBN-13: 978-0525540670
発売日:2020年1月7日
適正年齢: PG15+(ドラッグ、セックスワーカー、性的搾取の話題あり)
難易度:上級、新難易度レベル8(10段階評価)
ジャンル:文芸小説/スリラー、警察小説
キーワード:フィラデルフィア、オピオイド依存症、汚職警官、家族関係、性的搾取
2020これを読まずして年は越せないで賞候補

現代アメリカが抱える最も大きな社会問題のひとつは、オピオイド依存症だ。『ヒルビリー・エレジー』は、かつて重工業で栄えたが最近のアメリカの繁栄から取り残された地域の住民の貧困と絶望を見事に説明したノンフィクションだったが、その絶望に拍車をかけているのがオピオイド依存症なのだ。中西部だけではなく、アメリカのすべての地方と都市部でオピオイド依存症が恐ろしいほど蔓延している。ドラッグに依存している者は、購入のために別の犯罪を犯したり、売春をしたりする。警察は、住民の安全や社会の秩序を守る正義の味方であるべきだが、処理しきれないほど多くの犯罪が起こる場所では、秩序を守るために汚職に手を染める警官も出てくる。

この小説Long Bright Riverの舞台は、そういった典型的な現代アメリカを代表しているようなフィラデルフィアだ。ドラッグ依存症の父に見捨てられ、母とは死別した2人の少女MickeyとKaceyは、母方の祖母に育てられた。姉のMickeyは教師から「天賦の才がある」と言われて奨学金を受けて大学に進学しようとするが、高学歴の者に徹底的な不信感と敵意を抱く祖母はMickeyが大学教育を受けることに強く反対し、必要な書類に記入するのを拒否する。Mickeyは、高校生のときにメンターになってくれた警官の進言で警官になった。

しかし、この地域では警官は「敵」とみなされている。特に、ドラッグ依存症になって、道で売春している妹のKaceyやその友人たちにとってMickeyは許せない裏切り者だった。

シングルマザーのMickeyは、頼りにならないベビーシッター、自分を敵視する上司、信頼できない同僚らに囲まれてストイックな人生を送っていた。だが、忽然と姿を消した妹を心配して探し始めたときから姿が見えない大きな敵の存在を感じるようになる。そして、過去の悔いも再び浮上する……。

女性警官が活躍するミステリだと思いこんで手にしたのだが、読みはじめてそうではないことに気づいた。Mickeyの心中の声で展開するこの小説には、謎解きもあるし、心理スリラー的要素もあるのだが、根本的には文芸小説だ。

タイトルのLong Bright Riverは、ビクトリア朝時代の有名な詩人アルフレッド・テニスン男爵の『The Lotos-eaters』に出てくる一節だ。これは、さらにギリシャ神話の『オデュッセイア』から来たものだ。オデュッセウスが船である場所に立ち寄ったときに、そこの住民から蓮の実を差し出される。オデュッセウス以外の船員は甘くて夢見心地になれる蓮の実を食べて、もう故郷に戻りたいと思わなくなる。船員たちは、労働と落胆ばかりの人生なんてもう嫌になってしまい、甘美に浸ったまま死ぬほうがいいと言う。ドラッグのオーバードーズで死にかけていたところを救われたのに恨みを抱く妹のKaceyや彼女の友人たちは、蓮の実を食べた船員たちだ。

作者のLiz Mooreは、かつてプロのミュージシャンだったこともある。それが独自のリズムを持つ文章にも現れているようだ。読んでいて、「このストイックな切なさは、ハードボイルドそのものだ」と思った。21世紀のハードボイルドの主人公は、暗い酒場でバーボンを飲む孤独な男ではない。蓮の実を食べることを選んだ人や、かれらを利用する汚れた男たちに囲まれても正気を保とうとする30代シングルマザーのKaceyだ。

とても重い内容だが、2020年でたぶん上位にランキングされると思うミステリなので、今のうちにお薦めしたい。

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