ひとりは白人として、もうひとりは黒人として生きることを選んだ一卵性双生児の人生 The Vanishing Half

作者:Brit Bennett
Hardcover: 352 pages
Publisher: Riverhead Books (June 2, 2020)
Language: English
ISBN-10: 0525536299
ISBN-13: 978-0525536291
発売日:2020年6月2日
適正年齢:PG15
難易度:上級(8/10)
ジャンル:文芸小説
キーワード:アメリカ南部の黒人差別の歴史、Passing(racial)、colorism、同じ人種間での肌の色による差別、人種アイデンティティ、家族の年代記

アメリカには日本の英和辞典ではたぶん見つからない用途の「passing」という単語がある。生まれつきの人種とは異なる人種をアイデンティティにすることで、たとえば黒人なのに周囲からも白人とみなされる(passする)ことを指す。

奴隷時代のアメリカ南部では、奴隷の持ち主と奴隷の間に人種ミックスの子どもが生まれることは珍しくなかった(奴隷には断る権利はないので「愛人関係」とロマンチックに考えるのは間違っていることは明記しておきたい)。そのミックスは「mulatto/mulatta)」あるいは、欧米の白人の血がどれほど混じっているかにより「quadroons(1/4黒人)」「octoroons(1/8黒人)」「hexadecaroons(1/16黒人)」などと呼ばれた。このような人種の識別を不思議に思うかもしれないが、20世紀のアメリカの南部では、一滴でも黒人の血が混じっていたら法的に黒人とみなす「one drop rule」というものがあったのだ。

現在日本でもBLM(ブラックライブスマター)の話題やレイシズム(この表現は多くの意味を含むので、誤解されやすい「人種差別主義」ではなく、カタカナを使わせてもらう)はよく知られるようになっているが、カラーリズム(colorism)についてはほとんど耳にすることがないと思う。

カラーリズムとは、同じ民族や人種の間での、肌の色の濃淡での差別を意味する。

20代なかばの4年前にThe Mothersというベストセラー小説でデビューしたBrit Bennettの第二作 The Vanishing Halfは、このカラーリズムと人種パッシングという難しいテーマを扱っている。

一卵性双生児姉妹のデジレとステラは、肌の色が薄い黒人だけが住むマラードという小さな町で生まれ育った。この町の住民は、肌が黒いよそ者の黒人とは付き合わず、結婚もしないというのが慣わしになっていた。デジレとステラ姉妹は、町の中でも特に肌が白くて美しいことで知られていたが、父親が白人たちにリンチで殺されてから家族は貧困に陥っていた。数学が得意で勉強が好きなステラは大学に進学して教師になることを夢見ていたが、家計のために学校を中退して白人の家のメイドをさせられることになった。

この町から逃げることを夢見る奔放なデジレとは異なり、生真面目なステラは「お母さんを置いてはいけない」と反対していた。けれども、仕事の場で性的暴力を振るわれるようになり、故郷を捨てることを決意する。二人はニューオリンズに移り住んだが、黒人(カラード)が選べる仕事は限られており、しかも低賃金のものばかりだ。ステラは、公共の場で人々が自分を白人とみなすことに気づき、白人として秘書の仕事を得た。そして、ある日、デジレに何も告げずに姿を消した。

これまで一日として離れたことがなかった双子の片割れに置き去りにされたデジレは、高等教育を受けた黒人男性と結婚し、「ブルーブラック」と表現されるほど肌が黒い娘を生んだ。しかし、夫の暴力がエスカレートし、娘を連れて故郷のマラードに逃げ戻った。

町の誰よりも肌が黒いデジレの娘は、マラードで差別を受けるが、勉学とスポーツに励んでカリフォルニア大学ロサンゼルス校に奨学金を得て入学する。そして、メディカルスクール入学を目指す。

いっぽうのステラは、秘書をしていた白人のボスと結婚し、専業主婦としてロサンゼルスで裕福な生活を送るようになっていた。夫も娘も、ステラの過去やアイデンティティを知らない。それが暴かれることを恐れるあまり、娘との間には大きな溝ができていた。

デジレとステラの娘が偶然に出会ったことで、双子の人生が再び交差する……。

Passing やcolorismは、取り扱いがとても難しいテーマだ。けれども、このような小説を通して、私たち読者はその難しさを少しでも体験させてもらえる。特に、ステラが黒人というアイデンティティを隠しているために、近くに引っ越してきた黒人家族を拒否する発言をする場面では、彼女に同情せざるを得ない。

ステラを批判するのは簡単だ。でも、ステラを追いつめたのは、アメリカの歴史で培われた数々の差別と偏見なのだ。私たちがもしステラやデジレだったら、どんな選択をするだろう? それを考えたら、彼女たちのどちらも責めることはできない。

また、トランスジェンダーの問題も出てくるのだが、それは作者がテーマを欲張ったというよりも、人種だけでなくジェンダーでのpassingも取り上げたかったのだろう。

それらの社会問題は別にしても、家族の年代記としてとても読みごたえがある小説だった。30歳になる前にこの大河小説を書いたBennettは、間違いなく才能あふれる作家だ。

1 thought on “ひとりは白人として、もうひとりは黒人として生きることを選んだ一卵性双生児の人生 The Vanishing Half

  1. ずっと気になっていたのですが、やっと読むことができました。カラーリズムについてはほとんど知りませんでした(Trevor Noah の『Born a Crime』に少し取り上げられていたような記憶があります)が、複雑ですね。渡辺さんがおっしゃっているように、最初はステラの嘘にイライラしたのですが、読み進むにつれてだんだん同情の気持ちが強くなっていきました。

    物語の時間や場所が次々に変わるのが、ストーリー展開上効果的で「うまいな~」と思う場合もあれば、ちょっとわかりにくくて頭の中で整理しないといけない場合もありました。

    ここに感想を短くまとめて書くのが難しいのであきらめますが、傑作でした。

Leave a Reply