貧困、アルコール依存症、性暴力、虐待、有害な男らしさが蔓延るサッチャー時代のグラスゴーを描き、デビュー作でありながら最も有名な文芸賞であるブッカー賞を受賞。Shuggie Bain

作者:Douglas Stuart
ハードカバー : 448 pages
ISBN-10 : 0802148042
ISBN-13 : 978-0802148049
Publisher : Grove Press
発売日:February 11, 2020
適正年齢:PG15+
難易度:8/10(スコットランドのグラスゴー訛りなどが難しく感じるかもしれない。文字で頭に入ってこない場合には、オーディオブックをおすすめ)
ジャンル:文芸小説(歴史小説)
キーワード/テーマ:サッチャー時代のグラスゴー(スコットランド)、労働者階級、貧困、アルコール依存症、性暴力、虐待、有害な男らしさ(toxic masculinity)、アダルトチルドレン
文芸賞:ブッカー賞受賞作、全米図書賞最終候補
2020年これを読まずして年は越せないで賞候補作

マーガレット・サッチャーが首相だった1980年代にスコットランド最大の都市グラスゴーで育ったシャギー(Shuggie)は、工業が廃れて貧困が蔓延している故郷しか知らない。

かつてイギリスは炭鉱とそれを活用した工業で栄えたが、時代は変わり、サッチャー政権は1984年に採算性が低い炭鉱20の閉鎖を発表した。それをきっかけに起こった「炭鉱ストライキ」は1年も続いたが、この激しい戦いは炭鉱労働者側の敗北で終わった。この時失職した労働者は2万人以上で、この炭鉱ストライキはイギリス経済の方向性だけでなく、労働者階級の人々の生活も根こそぎ変えた。グラスゴーが炭鉱と造船で栄えていたころには、男たちは厳しい仕事の後にはパブで酒を飲んで憂さを晴らし、そんな男たちが生きやすいように支えるのが女たちの仕事だった。男が女に性的暴力を振るうのは、経済的に妻や子の面倒をみることと合わせてある種の「男らしさ」として受け入れられていた。しかし、仕事を失った男は、自分の「男らしさ」を奪われたと感じ、アルコール依存症や家族への虐待をエスカレートさせていった。これが、小説Shuggie Bainの世界だ。

シャギーは産まれたときからそんなグラスゴーには溶け込めない存在だった。幼い時から教育を受けた大人のように語り、同年代の少年たちのようにスポーツには興味がない。そしてひっそりとヘアスタイリストになることを夢見る。この社会での男らしい男のイメージとはかけ離れているシャギーを、周囲の大人たちは”no right”(まともではない)と噂し、男らしく振る舞うよう諭す。

シャギーの母アグネス(Agnes)のプライドは容姿だ。ハリウッド女優のような美しい歯並びにするために若い頃から総入れ歯にし、完璧な化粧をし、多くの男たちを魅了してきた。美しい妻を幸せにするためならなんでもする夫との生活にも満たされないアグネスは、スリルを与えてくれるタクシー運転手シャグ(Shug)と子連れで駆け落ちする。だが、新しい夫は甘い約束など守らず、シャギーが産まれた後も父親らしいことなどせずに平然と浮気をし、妻に暴力をふるってからレイプするような男だった。酔って無謀な行動をする妻に飽きたシャグが家族を捨てた後アグネスはさらにアルコール依存症を強めていく。自分を救ってくれる男を探して失望を繰り返すアグネスは、子供の面倒をみないだけでなく、虐待的な行動を取る。シャギーの姉と兄は、そんな母から逃げるが、シャギーはひどい扱いを受けても母の面倒を見続ける……。

今年2月に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』と『それを、真の名で呼ぶならば』の出版記念イベントで帰国する予定にしていて、その時に文芸エージェントの大原ケイさんともトークイベントをすることになっていた。「日本で入手できるようになるまでに読みたい」というケイさんの希望で、刊行されたばかりのハードカバーをお土産として購入したのがこの本との最初の出会いだった。新型コロナウイルスのパンデミックがスタートして日本に行くことを取りやめたので、ケイさんには申し訳ないが自分で読むことにした。

しかし、読み始めてみると、パンデミックですでに不安がつのっている最中には読むのが辛い本だった。何度も途中でストップしているうちに全米図書賞とブッカー賞の候補作になり、ついに著名な文芸賞のブッカー賞を受賞してしまった。そこで、気合を入れて読了した。

私がイギリスを初めて訪問したのが1981年で、その後長期滞在したのが1984年と86年だった。まさに、サッチャー時代のまっただなかである(サッチャーが首相を辞めた直後の訪日のときには、本人に会った)。1984年には「炭鉱ストライキ」が毎日のように新聞記事になっていて、人々が情熱的に賛否を討論していた。1988年には、スコットランドにこそ行かなかったものの、仕事でそのすぐ南にある炭鉱都市を訪問して住民たちと言葉を交わした。これらの場所で伝統的な「男としての誇り」つまり「男らしさ」を奪われた男性が崩壊していく姿を目撃したが、それは以前に紹介したHillbilly Elegyにも重なる。

希望が抱けないから他人を恨みつつ自分を破壊していく人々を、社会はどう救えば良いのか。伝統的保守の対策も、社会主義的な対策も、それぞれ異なる形で失敗してきた。それは、この問題が、長い歴史の間に社会的にも経済的にも複雑に絡み合ってしまったからだ。人が幸せに暮らすためには、希望とプライド、そして衣食住の需要を満たすお金も必要だ。栄えた産業が衰退するときには、どんな援助をしてもその産業が生き残ることはできない。国は失業者が飢えないような援助をしながら、新しい産業に移行できるよう再教育するべきだ。これは倫理的に正しい政策だ。だが、彼らが失ったのは仕事と収入だけではない。「プライド」というそれよりも重要なものを失ったのだ。

そういった人々の中で、「この産業に未来はない。今のうちに別のことを始めよう」と気持ちを切り替えられるのは精神的に強い者であり、多くはアルコールやドラッグで傷ついたプライドを癒そうとする。給付金をすべて酒に変えて飲んでしまい、飢えている息子に食べ物を与えないシャギーの母親のように。私が過ごした1980年代のイギリスでは、空いている公営住宅にスクワット(不法占拠)し、サッチャーの悪口を言いながら、受け取った失業手当をその日のうちにパブで使い果たしてしまう人が周囲にいた。だから、労働者階級出身の女性でありながら男尊女卑が強かった保守党で首相になったサッチャーがそういう国民に同情心を抱かなかったのが理解できた。だが、社会福祉や教育支援によって困難な時を切り抜けて成功し、社会貢献する人も数え切れないほどいる。ハリーポッターの作者J.K. ローリングもシングルマザーで困窮したときに福祉の世話になったひとりだ。

どこから見ても「正しい政策」などあり得ないのだ。誰でも「批評家」になれるソーシャルメディアでは、現実をよく知らないくせに「リベラルが悪い」とか「保守が悪い」と単純に決めつけている人をよく見かける。そういう人たちは、ソーシャルメディアを離れて、歴史や社会状況を解説するノンフィクションやこういった小説をじっくり読むべきだ。

Shuggie Bainで何度も感心したのは、作者のダグラス・スチュアートの表現力だ。この本には暴力やアルコール依存症、そして虐待の加害者と被害者の相互依存が嫌というほど描かれているのだが、読んでいると、痛みや匂いまで伝わってくるほどの表現力なのだ。その感覚がページを離れた後でもつきまとうから、読むのが辛くなる。

あまりにもリアルなのでスチュアートについて調べたところ、グラスゴーでシャギーとよく似た子供時代を送ったようだ。でも伝記ではない。スチュアートは、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取り、カルバン・クライン、ラルフ・ローレン、バナナ・リパブリックなどでファッションデザイナーを務めてきたという。そして、現在は、村上隆も扱っている著名なガゴシアン・ギャラリーでキュレーターをしている夫と一緒にニューヨークに住んでいるらしい。それを知ってシャギーの将来にも希望を抱けるようになったのが嬉しい。

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