クローン研究第一人者の女性科学者の夫が浮気した相手は妻のクローンだった…。SFと心理スリラーが融合した注目の新作 The Echo Wife

作者:Sarah Gailey
Publisher : Tor Books
発売日:February 16, 2021
Hardcover : 256 pages
ISBN-10 : 125017466X
ISBN-13 : 978-1250174666
適正年齢:PG15
難易度:7
ジャンル:SF/心理スリラー
キーワード/テーマ:クローン、信頼、裏切り、不倫、報復

シンプルなジャンルを超える小説は珍しくないが、これは、SFの要素を持ちながらも、実際には現在非常に人気がある「心理スリラー」のジャンルに属するフィクションといえる。

主人公のエヴリンは、栄誉ある賞を受賞した著名な女性科学者である。クローン分野の第一人者として、著名人のボディダブル、臓器移植のためのクローンを生み出している。人間のクローン作成は倫理上許されていなかったのだが、作成するのはツールであり「人間」ではないという主張で許可されていた。作成したクローンは必要とされる時期が過ぎたら処分される決まりだった。

キャリアの頂点に達したエヴリンだが、私生活では苦悩していた。夫のネイサンが浮気をしていたことだけでもショックだったのだが、その相手がなんと自分のクローンだったのだ。浮気がバレたネイサンは、謝るどころか家を出てクローンのマルティーンと一緒に住み始めた。周囲の者はエヴリンとネイサンが離婚することは知っているが、新しい婚約者が誰なのかは知らない。

夫の浮気相手のマルティーンから喫茶店に呼び出されたエヴリンは彼女が妊娠していることを知って憤る。エヴリンがキャリアの邪魔になる出産と育児を拒否したので、夫は妻を自分の理想の女に作り変えたのだ。だが、それよりも大きな問題がある。クローンは人権を持つ「人間」ではないし、生殖できないはずなのだ。これが明るみに出たら、科学者としての自分のキャリアは破壊される。犯罪を犯したのが夫であっても関係ない。怒りにまかせて、エヴリンはマルティーンを傷付ける言葉を投げかけた。

その後、パニック状態のマルティーンから電話がかかり、エヴリンはしぶしぶながら夫が婚約者と住んでいる家を訪問した。そこで彼女を待ち受けていたのは、ネイサンの血まみれの死体だった。警察を呼ぶことはできない。なぜなら、マルティーンはこの世に存在しないはずの人物であり、殺されたのは自分を裏切った夫だ。どう言い訳をしても、自分の人生は破壊される。仕方なく、エヴリンはマルティーンを助けることになる……。

設定がSFなので普通の心理スリラーとは異なってあたりまえなのだが、エヴリンの心理も普通の「夫に浮気をされた妻」とは異なる。まったく好感が抱けない人物なのだが、両親との思い出からその背景が想像できるようになっている。嫌な女だということになっているが、積極的に残酷なこともしない。というか、読者として意外だったのは、エヴリンが復讐に燃えないところだった。こちらの推測をうまく裏切ってくれたところが、私にとっては飽きない面白さになった。

しかし、頭が良いはずなのに「この部分はどうするつもりなんだろう?」というところまでエヴリンが考えていないことには、しばしば苛立ちを覚えた。たぶん作者がわざとやっていることなのだろうが、個人的には、賢い女の復讐の痛快さを感じたかった。

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