作者:John Hart(King of Lies, Down River など)
Publisher : St. Martin’s Press
出版日:February 2, 2021
Hardcover : 384 pages
ISBN-10 : 1250167728
ISBN-13 : 978-1250167729
適正年齢:PG14(高校生以上)
難易度:7
ジャンル:スリラー(歴史スリラー)
キーワード/テーマ:ベトナム戦争、アメリカ南部、男らしさ、兄弟愛、家族ドラマ、犯罪
フレンチ家には3人の息子がいたが、双子のうち1人がベトナム戦争で戦死し、もう1人は戦争では生き残ったものの海兵隊から懲戒除隊処分になり刑務所で服役していた。家に残っているのは、高校卒業を控えた18歳の末っ子だけだ。気が優しく何にでも長けていた最愛の息子を失った母親は、刑務所に入っている双子の片割れをもはや息子とはみなしていなかった。それだけでなく、彼が高校卒業寸前の末っ子に悪い影響を与えることを案じていた。
警察官の父親は残された息子2人が兄弟の繋がりを持つことには賛成だったが、上流階級出身の妻を説得できずにいた。母親の期待でがんじがらめになっている末っ子のGibbyは、何事も恐れない危険な雰囲気を漂わせる兄のJasonに惹かれる。服役を終えて出所したJasonがコンタクトしてきたとき、Gibbyは両親に嘘をついて兄と一緒に過ごすことにする。年上の魅力的な女性2人と4人で車を乗り回し、大人になった気分を味わうのは楽しかった。だが、Jasonの美貌のガールフレンドが醜い心の持ち主であることに辟易し、楽しみにしていた1日は台無しになる。
その女性が惨殺され、Jasonが犯人として疑われる。兄の無実を信じるGibbyは、親友と付き合い始めたばかりの同級生の少女の手を借りて調査をし始める。だが、真実はGibbyが簡単に突き止められるようなものではない。Jasonを刑務所に戻したのは、刑務所内から冨と人々を操っている暗い存在だった。関わっているすべての者が危険に晒されることになる…….。
John Hartは、デビュー作のThe King of Liesがエドガー賞候補に、続いて出したDown RiverとThe Last Childが連続でエドガー賞を受賞して一躍有名になった。南部の男の切なさが混じったミステリの第一人者といえるかもしれない。私が好きな作家のひとりだ。
Hartの最新作を読んでいる最中に、少し前に話題になっていたカズオ・イシグロのインタビュー記事のことを思い出した。
彼が言いたいことはとてもよく分かるし、賛同するところもある。だが、「小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。リベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快なものかもしれません」という部分には賛成できなかった。
というのは、アメリカでは、John Hartのように「リベラルや進歩的な考え方を持つ人たち以外の声」のほうがこれまでずっと小説やエンタメの主流だったからだ。マイノリティの作家の作品がマジョリティと同じ土俵で同じ読者をターゲットに売れるようになってきたのは、ごく最近のことだ。
Hartの最新作のThe Unwillingもこれまでの作者の作品のように「南部の男の切なさ」が中心にある。ここにはリベラルや進歩的な考え方などは含まれていないが、読者としての私はそれにはまったく問題を感じない。なぜなら、小説の舞台はベトナム戦争のさなかのアメリカ南部であり、これがその時代のその場所を描いているものだからだ。
私にとって問題だったのは、作者の初期の作品と比べて胸を打つところがなかったことだ。「悪いほうの双子」とみなされているJasonが、実はベトナム戦争で正しいことをしたために罰されたこと、それなのに家族から見放されていることなど世の中の不条理を語っているのはわかる。だが、彼だけでなく弟のGibbyの言動につきあっていると、だんだんうんざりしてくるのだ。
私がじ〜んとしたHartの初期の作品と比べてどこが違うのか考えてみたのだが、The Unwillingは現在のアメリカで絶滅の危機に瀕している「アメリカの男らしさ」を美化しようとする作者の意図が見えて、わざとらしく感じるからだと思いついた。
この小説に描かれている女性たちは、それを表現するための添え物でしかない。JasonもGibbyも、『羊たちの沈黙』のレクターを連想させる大物犯罪者もそうだ。だから全員がカリカチュアになってしまっている。それがとても残念だった。