作者:Liese O’Halloran Schwarz
Publisher : Atria Books
刊行日:January 12, 2021
Hardcover : 464 pages
ISBN-10 : 1982150610
ISBN-13 : 978-1982150617
適正年齢:一般向け(PG15)
読みやすさ:8
ジャンル:文芸スリラー/歴史小説(ベトナム戦争時代)
キーワード、テーマ:ベトナム戦争、アメリカ政府秘密諜報活動、アメリカのアジア駐在員コミュニティ、誘拐、児童の性的搾取、人身売買、家族の秘密、裏切り
2019年、ワシントンDCに住む54歳のアーティストLaura Prestonは創作にも人生にも行き詰まりを感じている。若い頃に自分を発掘してくれたアートディーラーにすら作品を見限られ、郊外に住む姉のBeaとは諍いばかりしている。厳格で美しかった母が罹患した認知障害は不特定で予後が予測できず、現状維持で満足している長年の恋人から結婚を申し込まれてかえって関係がギクシャクしてしまう。
そのさなか、Lauraはバンコックにいる見知らぬ者から連絡を受け取る。兄のPhilipを引き取りにこいというのだが、Philipは47年前に行方不明になったきりだったのだ。連絡してきたのはスイス人の女性で、亡くなった父親がタイに所有していた家を処分するために、そこに滞在していた者を退去させていた。引き取り手がなくて最後まで残っていたのがPhilipで、彼が覚えていた名前を検索して見つかったのがアーティストのLauraだったのだ。
これまで多くの者が偽の情報を提供したり、Philipだと名乗ったりしてきた。だから信用していなかったLauraだが、繋がりが悪いスカイプで見た男は兄に間違いないと思った。詐欺だと信じている恋人や姉から兄に会いに行くことを反対されたLauraは、彼らに黙って単独でタイに向かった。パスポートを獲得するためにアメリカの大使館でDNA検査をしてPhilipだと確認したのに、Beaは自分の弁護士を通じて行った検査でないと信じようとしない。Philipはアメリカに向かう途中で慢性疾患が悪化して危篤状態になり、LauraとBeaはさらにいがみあう。
Philipが回復してきてからは何十年もギクシャクしていた姉妹の関係に新しいハーモニーが生まれてくる。けれども、Philipは失踪の経緯や過去のことを語ろうとしない……。
ベトナム戦争時代の1972年のバンコックと2019年のワシントンDCが交互に語られ、過去の事件の真相と家族の秘密が明らかになっていくこの小説は、最初のうち展開がスローである。だが、8歳のPhilipの失踪と55歳になった彼の帰国のあたりから最後まで息を呑むようなページターナーになる。
姉のBeaと私は同年代なので、ベトナム戦争時代のタイでのアメリカ駐在員たちの生活は(良い意味で使いたくないが)ノスタルジックなものがあった。あの時代にはアジア諸国には欧米駐在員による「植民地主義」の態度がまだ残っていたのだ。駐在員の家族は、その前から滞在してきたベテランから「現地の人を運転手やメイドとして雇わなければならない」と教えられる。彼らに自分が呼びやすい名前(サラとか)を勝手につけ、少しでも気に入らないことをすると首にする、というのも祖国では中産階級の彼らがやらないことだ。アジアに駐在することで、彼らはまるで19世紀末までのイギリス貴族のように振る舞えたのだ。彼らに雇われた使用人の視点も興味深く読めることだろう。
LauraとBeaの父Robertはアメリカ政府の諜報員だったが誰にもそれを明かすことはできない(東京や香港での知人の中にも「この人はCIAじゃないか?」という人はかなりいた)。妻のGenevieveはアメリカに戻りたがっているのだが、戦争が終わるまで戻ることができないこともRobertは明かせない。不満を抱える妻が夫の上司と不倫を始める、というのも、この時代の閉塞的なアメリカ人駐在員コミュニティではあったことだろう。
これらの複雑な事情が絡み合った結果がPhilipの失踪だったのだが、その絡み合った糸をたどっていくのがこの本の醍醐味であり、時折辛くもあった。特に終盤で明らかになるPhilipの体験は、すでに想像していたものとはいえ、読んでいて辛かった。
悲しいところも沢山あるけれど、バラバラだった家族が最後に繋がるところに救いがある。
500ページ近くある長い小説だが、最後までつきあえば、きっと「読んで良かった」と思えることだろう。