作者:Gary Shteyngart
Publisher : Random House
刊行日:November 2, 2021
Hardcover : 336 pages
ISBN-10 : 1984855123
ISBN-13 : 978-1984855121
適正年齢:一般
セックスシーン描写レベル:1.5
読みやすさ:8
ジャンル:現代小説/風刺小説
キーワード、テーマ:新型コロナのパンデミック、パンデミックの人間心理、アメリカ社会、差別や特権の複雑さ
最初はアジアのみで流行している謎の感染症と思われていた新型コロナウィルス感染症が世界中に広まってきたのが2020年の2月だった。3月にはアメリカの多くの地域で感染者が増加し、ロックダウン(あるいは自宅待機)の勧告が出るようになった。
2021年にはワクチン接種ができるようになり、制限はあるものの友人との外食やコンサート参加が可能になってきている。その2021年11月現在に2020年3月頃を振り返ると、まるで遠い過去のような気がする。海外旅行や外食、コンサートや映画鑑賞で多くの人と接触していた日常を失った2年弱は、孤独が極まった長い年月といえるだろう。
まだパンデミックが収まっていないときにパンデミック小説、しかもリアルな新型コロナのパンデミック小説を読みたい読者はあまりいないだろう。どちらかというと、現状を忘れさせてくれる本を読みたくなるものだ。けれども、今だからこそ理解できる感覚というのもある。どちらにせよ、いずれはこの時代の人間の心理や言動を分析した本が出てくることだろう。Gary ShteyngartのOur Country Friendsは、新型コロナのパンデミックを題材にした(少なくともメジャーな作品としては)初めての文芸小説だ。
新型コロナ流行の初期にロシア生まれのユダヤ系アメリカ人作家Sasha Senderovskyはニューヨーク市の北にあるハドソンバレーの別荘地に友人たちを招く。文筆家の友人を集めて一緒に隔離するというアイディアで、招待されたのはSashaの高校時代の友人でコリア系女性のKarenとインド系のVinod、Sashaが大学で文芸を教えていたときの教え子のDee、グローバルな生活を営むコリア系男性のEd、そしてハンサムで有名な「俳優」だった。
母屋に住むのはどちらも子どもの頃にロシアからアメリカに移住したSashaと妻のMasha、そして夫婦が中国から養子としてひきとった8歳の娘Natである。Mashaは精神科医だが文筆家としてのSashaの収入は途絶えていて修理費の支払いにも困るようになっている。Sashaは「俳優」が作品のテレビドラマ化を手がけていることに望みをかけていたが企画は難航していた。ゲストたちは、それぞれ小さなバンガローに泊まり、メインの家に集まって一緒に夕食を取るという決まりだ。
仲間の中で最も経済的に成功しているのは恋愛アプリを開発したkaren。裕福でグローバルな子ども時代を送ったEdは洗練された文化背景を持っている。貧しい子ども時代を送ったことを書いて有名になったDeeはグループの中では最も若くて外見も魅力的だ。EdはDeeに惹かれているが、そこにナルシシストの「俳優」が現れてDeeと恋に落ちてしまう。大学教授への道を失い、がんで肺の一部を失ったVinodは負い目を感じているが、実はSashaが今まで彼に隠してきた秘密がある。Mashaは世界で一番愛する娘のNatに母国の言語であるロシア語を教えたいが、NatはK-popに夢中でKarenから韓国語を学びたがる。
このOur Country Friendsがまず思い出させてくれるのは、パンデミック初期の「得体がしれないものへの不安」と「根拠のない楽観性」が混じった感覚だ。特に、Senderovskyが集めたコロニーには「遠く離れていれば現実感が薄れる」という人間の心理がある。医師のトレーニングを受けたMashaは過剰なほどに神経質に描かれているが、私はMashaそのものだったから笑えない。そもそも、他の登場人物はMashaを笑えるほどの情報を持っていなかったのだから。この根拠なき楽観性が後で致命的な結果をもたらすことになるのだが、それも作者の目論見どおりなのだろう。
次に考えさせられるのが、「閉じた世界」での人間心理だ。同じ集団とだけ毎日顔をあわせているので、恋にもおちやすく、嫉妬心も強まるということがある。また、リアルの世界での人との接触が減るので、ネットでの関係が以前よりも濃厚に感じるようになる。たとえば、この小説の登場人物たちは日本のテレビ番組の『テラスハウス』に夢中になっていて感情移入し、ブラック・ライブズ・マター運動が全米に広まるきっかけになったジョージ・フロイド殺害にショックを受ける。「俳優」との恋愛がソーシャルメディアで広まったDeeに関してもそうだ。彼女の過去の発言が掘り起こされて人種差別主義者だと叩かれるようになったのもパンデミック時代の大衆心理を反映したものだ。その反動もあってか、Deeは自分以外のグループ・メンバーは移民と人種マイノリティだが自分より経済的な強者だというニュアンスの発言をしてその場の雰囲気を悪くする。これは、現在のアメリカで起こっている多角的で複雑な階級闘争だ。Sashaは、外の世界で数多くの人が感染して死亡しているのに自分たちが安全な場所で美味しい食事をしていることに罪悪感を覚える。これも「特権」である。「特権階級」の定義は見る角度によって変わる。ときには肌の色、ときには経済力、現時点で経済力がなくても育った環境や教育によるコネクションにより特権を得ることができる。それと同時に、高等教育を受けて経済力がある特権階級でも、人種マイノリティだというだけで差別されたり、生命の危険にさらされたりすることもある。
作者のGary Shteyngartはロシア生まれのユダヤ系アメリカ人で、コロンビア大学で文章創作を教えている。妻はコリア系アメリカ人の弁護士だ。2010年にベストセラーになった近未来風刺小説Super Sad True Love Storyでは、主人公はロシア生まれのユダヤ系アメリカ人で彼が恋する相手はコリア系だった。今回もロシア生まれのユダヤ系アメリカ人作家が主人公で、コリア系の女性が出てくる。自分の人生で観察したことを描くほうが現実味があるのは確かだが、それ以上に自分の中にある滑稽な要素を笑うのが彼の作風なのだろう。
風刺小説なので「笑い」はあるし、視点が流動的に移り変わる文章は、数々の感情ドラマにスムーズに招きこんでくれる。でも、明るい気持ちになれる小説ではない。気分を変えたい人にはお薦めできないが、この特別な時代を歴史に残す小説として読む価値はある。