国家によるジャーナリストの殺人に手を貸すスパイウエアの真実 Pegasus

作者:Laurent Richard, Sandrine Rigaud
Publisher ‏ : ‎ Henry Holt and Co.
刊行日:January 17, 2023
Hardcover ‏ : ‎ 336 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1250858690
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1250858696
対象年齢:一般(PG15)
読みやすさ:8
ジャンル:時事、ルポ
テーマ、キーワード:スパイウエア、国家によるジャーナリストの弾圧、プライバシーの侵害、国際政治

2018年10月2日にトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館でサウジアラビア国籍のジャーナリスト、ジャマル・カショギが殺害された事件は、多くの意味で極めてショッキングな出来事だった。これまでにも、独裁国家における政権に批判的なジャーナリストが暗殺されることはあった。だが、カショギの事件では、総領事館という公の場で堂々と殺人が行われ、しかも、その殺人命令を出したのがサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子であることが初期から明白の事実と捉えられていた(サウジアラビア裁判所は皇太子の関与を否定しているが、CIAは殺人命令を出したのがサルマーン皇太子であるという結論を出しており、国連や国際人権団体アムネスティ・インターナショナルなどもサウジアラビアの裁判所の判決を強く批判している)。

ジャマル・カショギはアメリカの大手新聞である「ワシントン・ポスト紙」の有名なコラムニストでもあった。高名なジャーナリストであっても、こんなに簡単に殺害され、しかも真の犯人は処罰を受けない。この異常さが、ある意味これまで社会にあったnorm(社会の規範、基準)を書き換えてしまった。

この事件に関して、さらにショッキングなことがわかった。それは、「Pegasus(ペガサス)」というスパイウエアがカショギの殺人に貢献していたということだった。アムネスティ・インターナショナルのセキュリティ・ラボが調べたところ、事件の6ヶ月前にカショギの妻Hanan Elatrが所有するiPhoneがペガサスの攻撃を受けており、事件当日にイスタンブールの領事館前で待っていたカショギの婚約者Hatice CengizのiPhoneも攻撃にあった(「カショギには妻がいたのに、なぜ婚約者もいたのか?」という無関係の疑問はあるが、答えは不明)。

Pegasusはイスラエルの企業であるNSO Groupが開発したモバイル端末をターゲットにしたスパイウエアである。もとは犯罪組織やテロリスト集団から市民を守るために国家や情報機関にのみ販売される「市民の味方」という立ち位置だった。だが、それでは収益が上がらないため、(アメリカなどよりも多額の金を出す)独裁国家に対して売られるようになった。テロリストの監視にも使われているだろうが、実際には、国家の元首、外交官、人権擁護者、政敵、ジャーナリストなどがスパイされているのだ。

独裁国家がターゲットにするのは犯罪組織やテロリスト集団ではなく、ジャーナリストや人権弁護士、人権活動家である。

このスパイウエアの怖いところは、送られてきたリンクなどをクリックしなくてもスマートフォンを感染させてしまうことだ。家族や友人のスマホからも簡単に感染する。感染したらバックグラウンドで静かに作業を行っており、検出もされない。個人の日常生活をリアルタイムで追跡して、デバイスのマイクやカメラを外部から自由に操作してしまう。スマホやメール、テキストメッセージがセキュリティで保護されていても、関係なくすべてにアクセスできるという恐ろしいものなのだ。

本書『Pegasus』の共著者は、殺害されたり、脅迫を受けたり、投獄されたりしたジャーナリストの調査を継続させて世に知らしめるための非営利団体「Forbidden Stories」の創設者Laurent Richardと編集者のSandrine Rigaudである。Pegasusというスパイウエアの真相を暴く国際的なプロジェクト「The Pegasus Project」をスタートし、オーガナイズしたのもこの2人だった。

スパイ小説よりもハラハラし、しかも背筋が凍る恐ろしさがあるノンフィクションである。

このような勇気あるジャーナリストがいてくれるからこそ、私たちは真のニュースを知ることができる。

ぜひ本を買って応援していただきたい。

 

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