1930年代の激動の上海を舞台に、不老不死の女性暗殺者を中心に複雑な諜報活動が展開。シェイクスピアとマーベル・コミックが合体したようなYAファンタジー Foul Lady Fortune

作者:Chloe Gong
Publisher ‏ : ‎ Margaret K. McElderry Books
刊行日:September 27, 2022
Hardcover ‏ : ‎ 528 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1665905581
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1665905589
対象年齢:YA(PG15)
ジャンル:YAファンタジー、歴史小説
テーマ、キーワード:1930年代の上海、上海事変、スパイ活動、陰謀、ラブストーリー、シェイクスピアのAs You Like It

上海事変前夜の1930年代の上海市が舞台。アヘン戦争後の南京条約で上海は条約港になり、イギリス、フランス、アメリカ合衆国、日本などが上海租界(The Shanghai International Settlement)を作った。1865年に香港上海銀行が設立されたのを機に欧米の金融機関が上海進出を推進した。こうして、1920年代から1930年代にかけての上海は中国最大の都市になり、「魔都」あるいは「東洋のパリ」とも呼ばれた。このような状況で、1927年に「上海クーデター」が起きたのだが、それはこのYAファンタジーシリーズの前に書かれた『These Violent Delights』二部作の舞台である。

これは、These Violent Delights二部作が完結した4年後の上海。先のシリーズで愛する男性を信頼したがために同胞を裏切る結果になったRosalind Langは、伝染病で死にかけた時に秘密の実験で命をとりとめる。生き延びたのはよいが、その副作用で不老不死になってしまったRosalindは、自分の過去の罪の償いをするためにNationalist Party(国民党)の暗殺者になる。Rosalindのコードネームは「Fortune」だが、巷ではLady Fortuneとして恐れられている。

日本軍の侵略が進むなかで、Rosalindの使命が変更された。上海で謎の殺人が続き、それに日本が関わっている疑いが生じたのだ。それを秘密裏に調査するために、Rosalindは、別のNationalist PartyのスパイであるOrionと新婚夫婦を偽って日本人組織の中に潜入することを命じられる。OrionもRosalindも、それぞれに他人には絶対に知らせない家族の秘密があり、それが致命的な影響をもたらすことになる…。

この本は『These Violent Delights』二部作を読まなくても十分楽しめるように書かれているが、ここに至る設定を知るためにはやはり前作2冊を読んでいたほうがいい。私がそれに気づいたのはこの本を読んでからのことだった。

 

『These Violent Delights』2部作は、1927年4月に起こった「上海クーデター」の前夜ともいえるいえる1926年に始まる。

当時の上海は、イギリス、フランス、アメリカ、日本などの外資が流れ込み、ナイトクラブで多国語が交わされるコスモポリタンな都市だった。『These Violent Delights』の上海では、地元のScarlet Gangとロシアからの新参であるWhite Flowersという2つの犯罪組織が縄張り争いを繰り広げていた。それぞれの後継者であるJuliette CaiとRoma Montagovの禁断の恋と、上海クーデターに至る不安定な社会状況が描かれているダークでバイオレントなYA小説である。中心人物の名前から容易に想像できるようにシェイクスピアのRomeo and Julietがベースになっている。

作者のChloe Gongは上海で生まれ、2歳の時に両親に連れられてニュージーランドに移住してそこで育った。そして、アメリカのペンシルバニア大学で学び、現在はNY市に住んでいるということだ。現在もまだ24歳という若さであり、前二部作を書いたのは19歳くらいということになる。だから、歴史や社会感がシンプルすぎると感じる読者もいるようだ。私も先の2作はざっと目を通しただけだが、そういう若さを感じた。

とはいえ、作品の登場人物と同年齢の作者が書いたのであるから、就寝人物の視点の未熟さは、そのままリアリスティックな視点として読むことができる。そして、歴史小説としても、上海に住む中国人の愛国心はあれど、決して一方的に外国人を責めるものではない。中国内部での各党派の騙し合いのほうに焦点があてられている。

「中国を舞台にした歴史小説+シェイクスピアとマーベル・コミックを混ぜたティーン向けのファンタジー」というカクテルは、いかにもGen Z世代だ。アジア出身の女性作家によるこんな本がアメリカでベストセラーになるというところに社会の変化を感じる。そういう意味で興味深いYA小説。

Leave a Reply