作者:Maggie Smith
Publisher : Atria/One Signal Publishers
刊行日:April 11, 2023
Hardcover : 320 pages
ISBN-10 : 1982185856
ISBN-13 : 978-1982185855
対象年齢:一般(PG12だが、内容的には大人向け)
読みやすさレベル:6(じっくり反芻することが必要だが、文章はシンプル)
ジャンル:回想録、詩
テーマ、キーワード:伴侶の裏切り、離婚、女性の成功がもたらす夫婦関係への影響、シングルマザー、子供への愛、自分を愛する
Maggie Smithは大学の文章創作のクラスで出会った男性と結婚し、長時間労働で安月給の出版社で編集者として働きながらロースクール(法科大学院)で学ぶ夫を支え、子供を産み、家事と育児を引き受けながら余った時間で詩を書き続けた。そんなSmithを突然有名にしたのが、2016年に彼女が書いた「Good Bones」という次の詩だった。
Life is short, though I keep this from my children.
Life is short, and I’ve shortened mine
in a thousand delicious, ill-advised ways,
a thousand deliciously ill-advised ways
I’ll keep from my children. The world is at least
fifty percent terrible, and that’s a conservative
estimate, though I keep this from my children.
For every bird there is a stone thrown at a bird.
For every loved child, a child broken, bagged,
sunk in a lake. Life is short and the world
is at least half terrible, and for every kind
stranger, there is one who would break you,
though I keep this from my children. I am trying
to sell them the world. Any decent realtor,
walking you through a real shithole, chirps on
about good bones: This place could be beautiful,
right? You could make this place beautiful.
トランプが勝利した大統領選、そしてアメリカ社会を揺り動かした多くの残酷な出来事…。その「少なくとも50%は悲惨な世界」を、子供に希望を与えるように売り込まなければならない母親の心情を描いたこの詩は、ソーシャルメディアで話題になったので、私も読んでいた。
この詩はテレビドラマでも使われ、あるイベントではメリル・ストリープが朗読もした(「(女優の)あのマギー・スミスじゃないわよ」というコメントつきで)。この詩により詩人としてのSmithの地位が確立され、講演会やサイン会などの活動も増えたのだが、それによって大きく変化したのがSmithと夫との関係だった。
弁護士の夫はそれまでSmithに家事と育児を任せきっていたのだが、Smithが出張中に子供の世話をしなければならなくなったことに不満を言うようになった。彼にとってはSmithの創作は「仕事」ではなく、仕事ではないことのために留守をして「遊んでいる」妻が許せなくなったようである。Smithはこの回想録でわざと詳細は書いていないが、夫は仕事での出張で出会った女性と秘密裏に付き合い、結果的に夫婦は別れることになった。
この回想録のタイトル『You could make this place beautiful』は上記の「Good Bones」の最後の1行から来ており、”You”は、Maggie Smith自身である。だから、この本では読者を意識した質問の部分があるものの、全体的には「いったい何が起こったのだろう?」という答えがない自分への質問であり、答えを見つけようとする葛藤である。
Smithが書いているように、これはナラティブ・ノンフィクションでもなければ、脚本でもない。夫の視点などはわからないので、全体像を把握することは不可能である。たとえ彼の視点がわかっても、全体像を把握するのは不可能だと思うが。そうではなく、フォーカスは、作者がどん底の中で何を感じ、どうやって生き続けていくべきか葛藤するリアルな苦痛とその中で見出す希望にある。
同じような内容が繰り返されるので、そこにひかかる人もいるだろうが、どん底から這い上がろうとする人にとっては、近道がないことこそが現実と言えるだろう。
伴侶と収入がイコールではないために、(収入がない)育児と家事を引き受け、そのうえで仕事でも何かを成し遂げようと葛藤する女性は数え切れないことだろう。私もそのひとりだった。「忙しくすぎて何もできない」という態度で家事や育児を担当せずにいる夫はボランティア理事や趣味でのスケジュールを相談なしに決めるのに、私は家族全員のスケジュールをチェックして全員の許可を得ないと何も予定を立てることができない。Smithが書いていた体験は、私とまったく同じだった。私の場合は、幸いなことに、その心理的葛藤を打ち明けた時に夫が理解してくれて応援してくれたが、それは夫がある程度の成功を成し遂げて心理的にも経済的にも余裕ができてからのことだった。それが、Smith夫婦のように子供が幼い頃だったら異なる結果になったかもしれない。人間の関係には、タイミングやその他の要素が絡み合うので、誰にも正解などはないと思う。
この回想録は、ある程度人生を通り過ぎた人ならきっと思うことが多いだろう。それが何にせよ、結局は、このタイトルが示すように「自分の取り囲む世界を美しくできるのは、自分だけ。それをやるかどうかは自分次第」なのだと思う。