作者:C Pam Zhang
Publisher : Riverhead Books
刊行日:September 26, 2023
Hardcover : 240 pages
ISBN-10 : 0593538242
ISBN-13 : 978-0593538241
対象年齢:一般(PG15+)
読みやすさレベル:7(SF、ファンタジー、スペキュラティブフィクションを読み慣れていない人には馴染みにくいかもしれない)
ジャンル:スペキュラティブ・フィクション、近未来小説、スリラー、文芸小説
テーマ、キーワード:ディストピア、動植物の絶滅、食料危機、富の格差、ヒューマニティ
そう遠くない近未来が舞台。アメリカでの農作物実験の失敗により全世界がスモッグに覆われ、その影響で植物と動物のほとんどが絶滅状態になった。つい最近まで多様な食材を使ったグルメ料理を楽しんでいた人類の大半は、今では日光照射があまりなくても育つムング豆の加工製品で命を繋いでいる状態だ。
主人公の女性は、かつては世界的に有名なレストランのシェフになる野望を抱いていた。しかし、その夢の実現どころか職を得ることそのものがほぼ不可能になり、困窮した彼女は偽りの経歴を使って謎めいたシェフの募集に応募した。イタリアの山頂にあるその地は、富豪が買い取った独自の統治国であり、部外者が立ち入ることはできない。高い標高のためにスモッグの影響を受けずに植物が育つその地で、主人公は他の地では消えてしまった青空と果物に再会する。だが、彼女の身体はそれらを受け付けることができなくなっていた。富豪の作り上げた楽園の目的に疑問をいだきながらも、主人公は富豪とその娘の不可解かつ理不尽な世界に巻き込まれ、歴史に残る事件で重要な役割を果たすことになる…。
私が長年住んでいるアメリカ東海岸のボストン近郊では、昨年の2022年の夏にほとんど雨がふらなかった。そのためにわが家の裏庭の林は茶色くなり、2本はすっかり枯れてしまった。ところが、今年2023年の夏は逆に台風のような大雨が1日おきくらいにやってきた。ふだんなら10月は零下になってもおかしくないのに、9月も10月も半袖で外に出られる日が多い。今日もニューヨーク・タイムズ紙の記事を読んで震撼したところだ。
この影響かどうかは不明だが、これまでいつもスーパーマーケットに山積みになっていた果物や野菜が在庫切れになることが増えている。そういうこともあって、この本はディストピア小説でありながらもあまり遠い未来やフィクションには感じられない。今味わっている野菜や果物、肉や魚が絶滅してしまう世界は、来年起こっても不思議はない。そういうリアル感に背筋の寒さを覚えた。
世界中の人々が飢えている最中でも富を持つ人々が稀な食材を使ったグルメ料理を贅沢に味わってムダにしていくグロテクスさ、(ちょうど伝記を読了したばかりの)イーロン・マスクを連想させる登場人物、そして彼らが一般人を無視して存続させようとする「ヒューマニティ」の傲慢さは、近未来というよりも現在を描いているようだ。
こういった社会的な要素に、閉ざされた異様な場所に集められた食材の表現や主人公が巻き込まれていく人間関係のセンシュアルな表現がマーガレット・アトウッドのMaddAddamシリーズを連想させた。
作者は33歳とは思えないほどの成熟さを感じさせるアジア系の女性作家。