社員とCEOは同等の立場で同じ収入。TikTokでアメリカのZ世代からの尊敬を集めるミレニアル世代の経営者 I Survived Capitalism and All I Got Was This Lousy T-Shirt


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作者:Madeline Pendleton
Publisher ‏ : ‎ Doubleday
刊行日:January 16, 2024
Hardcover ‏ : ‎ 336 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 0385549784
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-0385549783
対象年齢:一般(PG12 中学生以上)
読みやすさレベル:6
ジャンル:回想録、経済アドバイス、自己啓発
テーマ、キーワード:貧困からの脱出、弱者を搾取する資本主義でのサバイバル術

本書の作者Madeline Pendletonを簡単に紹介すると「TikTokでアメリカのZ世代から尊敬を集めている経済アドバイスのインフルエンサー」ということになる。実際にTikTokで有名になったことがこの回想録を出すきっかけになったのだから。

@madeline_pendleton Replying to @Justasidequest ♬ original sound – Madeline Pendleton

カラフルな髪のパンクファッションの外見からも、作者について「理想主義の若者が机上の空論で年寄り世代の資本主義を批判している」というイメージを抱くかもしれない。私もタイトルだけを読んだ時にはそんな想像をしていた。けれども、実際にこの本を読んで知ったMadelineは高校を1年早く首席で卒業した秀才であり、貧困の中でも教育を得て良い職に就く努力を続けてきた働き蜂である。それでも若者が貧困から抜け出すことができないアメリカ社会に疑問を抱くようになった体験と、その体験から得たアドバイスは私が想像した以上に具体的かつ思慮深かった。

Madelineが同棲していた恋人の自殺で始まる冒頭はまるで小説のようで、「あれ、間違った本を読んでいたのかな?」とチェックし直したくらいだ。後でわかるのだが、会社を経営していた恋人は社員にとって働きやすく、優しい会社であることを気にするあまりに、経営難になっていても会社を救うための困難な決断をすることができなかった。そして、会社と会社に生活を頼っている社員を救えなかった自分を責めていたようだ。Madelineは恋人が資本主義に殺されたと思っているが、裕福な家庭で育った彼は、貧困の子供時代をサバイブしたMadelineのようなタフさがなかったのだろう。

Madelineが生まれ育ったカリフォルニア州Fresnoは、彼女の回想録から得た印象では労働者階級と貧困層が多い都市のようだ。離婚した両親のどちらも経済的に不安定で持ち家がなかったために、時折Madelineが住む場所はなかったのだが、それでも自分がホームレスだと思ったことはなく、たぶん父親がドラッグを売っていたとしても、自分たちはミドルクラス(中産階級)だと思っていたらしい。

環境的には『ヒルビリー・エレジー』的だが、かの本と決定的に異なるのはMadelineの心理的なタフさである。早期から経済的な安定を目標にしていた彼女は学校でも成績が良く、校長に呼び出された時に罰を受けるのかと思っていたら1年早く卒業するように言い渡されたというエピソードがある。しかも「首席(valedictorian)」で。

多くの若者は上の世代から「大学を卒業すれば良い職に就ける」と教え込まれている。Madelineはファッションに興味があり、その関係の職業に就きたかったために、自分の経済的な状況でも入学できるファッション関係の学校を探して入学した。進学アドバイスをしてくれる大人が周囲にいなかったために、彼女は自分ひとりで探して行動するしかなかった。そのためにいくつもの経済的な失敗も犯した。アルバイト先で必要以上の仕事をしてオーナーの利益を上げても労働搾取されるだけであり、大学は愚かな学生から学費を奪うだけで卒業しても高給の職に就くことは不可能だった。

貧困層で育った者がそこから這い上がることがほぼ不可能な社会のシステムなのだということを、Madelineはしみじみ実感した。しかし、そこで敗北宣言をしないのがMadelineである。限られた資源の中で工夫を重ね、経済的な独立の計画を立てて実行していく。そして、失敗を何度も繰り返しながら、ビンテージ服やオリジナルファッションを販売する会社Tunnel Visionを設立した。

Madelineは自分が会社のオーナーから搾取されている時代からアメリカのCEOらが社員の何百倍もの収入を得ているのはおかしいと思っていた。実際に働いているのは下っ端の社員だ。なぜ実際に労働をしていないCEOにそれだけの収入を得る権利があるのかと憤っていた。なので、自分がCEOになった時、Madelineは社員に対してフェアであることを目指した。いろいろな方法を試したあげく、最もシンプルで有効なのは自分と社員に同じ給料を与えることだという結論に達した。小さな会社だからできることだと思うかもしれないが、実際に自分が経営者になったら新入社員と同じ給料でOKだという人はそういないだろう。

MadelineとTunnel Visionが話題になったのは、Madelineが理想論者ではなく、奇妙な新興宗教のグルでもなく、自分がアルバイト社員だった時に信じていたことを経営者になった時にも信じて実行した現実主義者というところだ。

この本の各章には、Madelineが体験から学んだ経済アドバイスがある。どのようにして貯蓄をし、持ち家を購入するのかといった本当に具体的なアドバイスだ。実際にこの本を読んだZ世代の若者たちは実行に移しているようだ。

アメリカのシステムでのアドバイスなのでそのまま日本で実行できないことが多いが、経済的に将来への不安を抱くZ世代の若者に「経済的に自立しつつも資本主義懐疑論者であることは可能なのだ」と感じさせてくれる本だと思う。

 

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