
作者:David Szalay
Publisher : Scribner
Publication date : April 1, 2025
Print length : 368 pages
ISBN-10 : 198212279X
ISBN-13 : 978-1982122799
対象年齢:成人(R、性的描写と暴力が多い)
読みやすさレベル:6(文芸小説としては信じられないほど読みやすいレベル)
キーワード、テーマ:masculinity(男性性)、physicality(肉体性)、sex, violence, money
文学賞:2025年ブッカー賞受賞作
今週月曜日、11月10日、文学賞としてある意味ノーベル文学賞よりも重視されているブッカー賞の受賞作が発表された。個人的には当たり外れが多い賞だと思っているのであまり期待していなかったのだが、期待よりもがっかりする受賞作だった。それについて率直に語ろうと思う。
主人公はハンガリーの母子家庭で育った男性István(発音はイステヴァンに近い)だ。15歳の時に同じ団地に住む42歳の主婦に誘惑されて性的関係を持ち、リアクションで彼女の夫を殺してしまう。少年院で服役した後、Istvánは従軍してイラク戦争に行き、ヒーローとして戻って来る。その後、イギリスに移住してストリップクラブのドアマンをしている時にある男を助けたことをきっかけに富豪の運転手として雇われ、彼自身がプライベートジェットで移動するほどの金持ちになる。
それについて詳しく書くとネタバレになるのでこれ以上は書かないが、全体的に非常にミニマリストな作品である。
「読みやすさレベル」はネイティブの高校生レベルの6にしたが、文法的には小学校高学年で読める5のレベルに近い。Istvánの会話のほとんどは’Yeah’と’Okay’であり、うんざりしてしまう。私は数えていないのだが出てくるOkayの数は500ほどらしい。彼が心中で女性を説明する単語もミニマリストであり、初めて性的な関係を持った42歳の主婦の印象は”old and ugly(年寄で醜い)”である。
作者Szalayは受賞の時のスピーチと後の取材で、何度も自分の作品について”risky”という表現を使った。この本のテーマは「masculinity(男性性)」であり、彼は「私がおかしたリスクのひとつは、非常に男性的な視点からセックスを書くこと、そしてそれをできる限り正直に描こうとすることだった」と語った。Istvánが出会う女性は誰もが彼とセックスをしたがり、彼は自発的ではなく受け身的に彼女たちと関係を持つ。その際に相手に対する深い感情はなく、自分や相手の倫理観を問うこともない。Istvánは誰かの問いかけには’Yeah’と’Okay’と答え、タバコを吸い、空腹を満たす。そしてリアクション的にセックスとバイオレンスを繰り返し、特に渇望することもなく、流れに乗って金持ちになる。そこから転落するのも単なるリアクションにしか見えない。
この作品について作者が「risky」と言っていたのは、どうやら「男性の視点でセックスを描く」ということらしく、「セックスを描くのは非常に難しいことで知られている」と語ったが、作者が言うほどリスキーなことだとは私は思わないし、この本を読んでも思わなかった。
そもそも男性の視点でのセックスを描いた小説は昔から腐るほどある。というか、それがデフォルトだったからこそ、女性作家のKate Chopinが女性のセクシュアリティを描いたThe Awakening (1899年刊行) が注目されたのではないか。2025年のいま、なぜゆえ男性の視点でのセックスをわざわざありがたく読まねばならないのか、私にはよくわからない。
Szalayの描く男性の視点が興味深かったら読む価値があったかもしれないのだが、主人公のIstvánは自分の言動について何の説明もしない。作者は「淡々とした事実として」書きたかったようだが、読者の私にとっては退屈きわまりなかった。読んでいる時に私が思ったのは、Istvánが自分の言動について分析しないのは自分を深く掘り下げるのがリスキーだとわかっているからではないかということだ。あるいは単に怠惰なだけなのかもしれない。自分を理解するのも、自分に関わった女性を理解するのも精神的なエネルギーを要することだから、めんどくさいことはしないと決めて生きていたのかも。作者がそれを「男性性」として描いたのなら、男性読者は憤るべきだと思う。女性の私でも、これほど単純に行動している男性はそういないと思うのだから。
何よりも私ががっかりしたのは、作者でもなく、作品でもなく、サラ・ジェシカ・パーカーなどの今年のブッカー賞審査員である。
読者が本に対して求めるのは、「娯楽としての楽しさ」、「人生を変えるような新たな視点」、「深い感動」、「ドキドキする斬新さ」、「飛び抜けて美しい文章」、「これまでになかった独自のテクニック」などである。私はこの作品からそのいずれも得られなかった。
唯一、日本の読者におすすめできるのは、読みやすさである。日本の高校英語を学んだ人なら読めるレベルであり、しかもページ数が少ない。ブッカー賞受賞作でこれほど読みやすい作品は滅多にないので、そういう意味ではおすすめできる。


アダム・ロバーツさんもいろいろ言いたいことがあったようです。
https://profadamroberts.substack.com/p/david-szalay-flesh-2025
内田さん
リンク先、笑いながら読ませていただきました。いろいろ言いたい人があちこちにいそうですので、これでブッククラブすると面白いかもしれませんね。
そういえば、ちょっとだけフォレスト・ガンプも連想したのでした。この小説の主人公とは異なり、ガンプはselflessなのでそのあたりは違いますが、ラッキーにいろいろ遭遇していくところとか。