米国ブッククラブ事情
先月、ナンタケット島に向かうフェリーの中でAmazonの電子ブックKindleでミステリーを読んでいたら、隣に座った40台後半から50台前半と思われる白人女性が覗き込み「これ、ひょっとして……?」と声をかけてきた。 よくあることなので、画面を見せていつものようにデモンストレーションをしてあげようとしたら、彼女は満面の笑顔で「Oprahが話していたアレでしょ?」と同意を求めてきた。 初対面でこんな「仲間意識」を共有してくれるのはうれしいけれど、残念ながら彼女の直感はハズレで、私はOprahを合言葉に繋がる中年女性のひとりではなかったのである。 Oprah(オプラ・ウィンフィリー)は、過去20年にわたって黒人女性ながらアメリカ合衆国の中流階級の白人女性に最も人気があるトーク番組の司会者だ。視聴者たちは、Oprahがすることであればダイエットでも何でもすぐに真似をする。白人女性がオバマを支持したのはOprahの支持があったからこそ、という見方が強い。アメリカでのブッククラブの人気もOprahの影響のひとつだ。本好きが集まってひとつの本の感想を語り合う、というブッククラブのアイディアはたしかに魅力的だ。たちまち、全米(特に女性)にブッククラブは広まり、それまで読書に縁のなかった者までもが「今何読んでいるの?」と友達と語り合うようになったのである。 フェリーの女性は私の手からKindleをもぎとり、「今なにを読んでいるの?」と収納作品をチェックし始めた。その彼女に、「Kindleは外にでかける時やエクササイズ用だから、これに入れているのはミステリーばかりで……」と私がしなくてもよい言い訳をしたのは、「読む価値のある本」を尊ぶOprahファンの批判的な目を恐れたからである。 私の恐れは正しかったようで、彼女は「本当にミステリーばかりね」とつぶやくと、私への(人間としての)興味をすっかり失ったかのようにKindleを差し戻した。 Oprahファンはミステリーとその読者をあんまり尊重してはくれないのである。 Oprahが「Oprah’s Book Club(オプラのブッククラブ)」ですすめる本には純文学や自伝が多い。セルフヘルプもあるが、クラシックを掘り出してくることもある。いずれにせよOprahが紹介すると必ずミリオンセラーになるので、Oprah’s Book Clubは出版業界から最も注目されるリストになっている。 ミリオンセラーを狙う出版社や作者が何千、何万と本をOprahに送りつけるが、読書好きの彼女は他人の影響を受けず自分で本を選ぶらしい。これだけ忙しい人物にしては尊敬すべきことだ。 Oprahの選んだ本しか読まないグルーピー読書家があまりにも増えたので、「Oprahのリストにある本はぜったいよまない!」とへそを曲げる者もいる。実は、私の夫もそのひとりなので、私は彼がKen Follettの 「The…
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Here Be Dragons
作者:Sharon Kay Penman 1985年初刊 ジャンル:歴史(13世紀ウェールズ)/歴史ロマンス http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yukariscott-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0312382456&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr&npa=1 13世紀ウェールズの偉大なる英雄とその妻の劇的な人生 13世紀のウェールズ(Wales)は内部で分裂し、英国からの度重なる侵略にそれぞれが応戦しながらも、統一することができなかった。英国の鋭利で冷酷な統率者の国王John(ジョン)は、ウェールズとの政治的な絆を作るために非嫡出の娘Joanna(ジョアナ)を北ウェールズの王子Llewelyn(ルウェリン)の妻として与える。 フランスで育ち、若くして年上のLlewelynの妻になったJoannaは、最初のうちよそ者として孤立し苦しむが、カリスマのあるLlewelynを愛するようになり、政治的にも夫を助けるパートナーとなる。 しかし、英国王Johnは何度もWalesへの侵略を試み、父のジョンへの強い愛と忠誠心を持つJoannaは父と夫のどちらも選ぶことができずに葛藤する。
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Case Histories
作者:Kate Atkinson 2004年初刊 ジャンル:ミステリー/文芸小説 Whitbread賞受賞作「Behind the Scenes at the Museum」の作者Atkinsonの第4作「Case Histories」は、一応ミステリーということになっているが、純文学として読むべきだろう。 離婚した元警官のJackson Brodieは、私立探偵として3つのcold case(迷宮入り事件)の調査に取り組む。中年の2人の姉妹から依頼されたのは、家族のみなから愛されていた末っ子のOliviaが3歳のときに行方不明になった事件だった。2つめのケースは10年前に起こった弁護士の娘の殺人事件で、3つめは斧で夫を殺した妻の妹からの依頼で、姪を探してほしいというものだ。 これらのケースにJacksonは自分の過去を重ね、気がすすまないながらに調査をしてゆく。家族内の秘密、崩壊した家族、過去から抜け出せない人々、など人間の悲しい性をAtkinsonは独自の不思議なユーモアに満ちた口調で語ってゆく。…
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The Great Derangement
作者:Matt Taibbi 2008年初刊 ジャンル:ノンフィクション/時事問題 http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yukariscott-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0385520344&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr&npa=1 ローリングストーン誌のコラムニストとして有名なMatt Taibbi(マット・タイビ)が、現在のアメリカのかく乱(derangement)を鮮やかに描いた傑作なノンフィクション。 ブッシュ大統領のもと、過去8年間のアメリカ合衆国は、イラク戦争から捕虜の拷問まで他国から「かく乱している」と思われても仕方のない行動ばかりとってきた。 他国の人々はアメリカ合衆国とその住人をひとまとめに評価するが、実際ここに住んでいる者にとっては、Blue States(民主党が強い州)と Red States(共和党が強い州)では人々の考え方が根本的に異なる。ひとつのアメリカなどは存在しない。 私のようにBlue Stateのインターナショナルな地域に住んでいると、アメリカのどまんなかの村から一歩も外に出たことがない田舎者が何を考えているのか想像もつかない。 けれども、そういう「アメリカのどまんなかの村から一歩も外に出たことのない田舎者」が、過去8年間のアメリカ合衆国の方向性を決めてきたといっても言いすぎではないのである。まったく不条理の世界なのだ。…
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私が愛するファンタジー! The Name of the Wind
著者:Patrick Rothfuss 2007年初刊 ジャンル:SF/ファンタジー/フィクション/魔法・魔術 さびれた村の宿屋「Waystone Inn」の店主に身をやつしているKote(コート)は、実は「王殺し」として悪名高い、伝説の魔法使いKvothe(クォーテ)だった。彼の真相を知るのは弟子のBastだけだったが、平和な村に不気味な出来事が起きはじめ、それに引き続いて伝記作家がKvotheを追って宿屋に現れる。 最初は伝記作家の申し入れを拒否していたKvotheだが、すべて彼の言葉のまま記すという約束のもとに彼の半生を語り始める。「The Name of the Wind」は、彼が3日にわたって語る半生の第1日目の部分である。 天才的な頭脳と音楽の才能に恵まれていたKvotheは、幼いときに謎のChandrianに両親を殺され、ホームレスとして生存のためだけに戦う。そこからようやく抜け出し、「University」に最年少で入学することに成功したが、才能があるゆえに敵を作り、体制を重んじない頑固で潔癖な性格のために何度も危機に陥る。 音楽を愛し、好きな女性に告白できず、弱者には優しい少年が、最もパワフルな魔法使いになり、悪名高い「王殺し」として伝説化し、ついに魔力を失うまでの波乱の人生を描く超大作。 ハリー・ポッターと比較する者も多いが、この作品は作者のRothfussが20年かけて書き上げたものであり、ハリー・ポッターから影響を受けたと思える部分はない。また正義感が強いという意味ではハリーと似ているものの、Kvotheは自分のサバイバルのためや嫌な奴への復讐のためであれば平然とルールを無視する欠陥がある。天才的な能力を持ちながらも、好きな女性の前では典型的に「自信のない少年」になってしまう人間的なヒーローに、読者はかえって親近感を覚え、魅了されることだろう。 「Quill…
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The Billionaire’s Vinegar
作者:Benjamin Wallace 2008年初刊 ジャンル:ノンフィクション/食/歴史 http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yukariscott-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0307338770&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr&npa=1 アメリカ第三代大統領トーマス・ジェファソンが所有していたといわれる1787年 Château Lafite Bordeauxがロンドンのクリスティーズで競売にかけられる。当時、史上最高額(156,000ドル)で競り落とされたこのヴィンテージワインに対し、即座に「贋物」だという噂が広まる。疑いの中心は、謎のドイツ人収集家Hardy Rodenstockである。 クリスティーズのワイン専門家で名物競売人のMichael Broadbentはこのボトルにお墨付きを与えるが、その後もまれなヴィンテージワインが競売にかけられるたびにRodenstockの名前が浮かび上がる。
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Sphere
作者:Michael Crichton 1987年刊 ジャンル:SF/心理サスペンス・スリラー http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yukariscott-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0345353145&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr&npa=1 南太平洋の海底で300年から1000年前に地球に衝突したとみられる宇宙船が発見された。合衆国政府は、この宇宙船を調査するために数名の科学者を極秘に集める。海軍中佐、宇宙物理学者、女性動物学者、数学・論理学者、そして主人公の心理学者Norman Johnsonの五人は深海にもぐり、球形(sphere)の宇宙船を調査することになる。外界から切り離された深海で彼らが発見したのはUFOではなく、説明不可能な事実だった。人工の居住地で孤立した科学者たちに次々と恐ろしい出来事が起こり、心理的に追い詰められた彼らは互いを疑うようになる。どうやらすべての異常な現象はSphereが原因のようだ。この球形の物質はいったい何なのか?はたして彼らは生還することができるのか? ●読みやすさ ★★☆☆☆ マイケル・クライトンの文体は簡潔で会話も多く、読者を引き込むのが上手な書き手として有名です。ただし、専門用語や省略語なども頻繁に出てきますから、そこを「読みにくい」と感じる方がいるかもしれません。完璧に理解できなくても物語の展開を追うことはできますから、いちいち単語を調べずに先に進むことをお勧めします。 また、登場人物の紹介と状況の説明に費やされる最初の部分は退屈に感じるかもしれませんが、いったん奇妙な出来事が起きはじめると、途中でやめることができなくなります。最初のうちは軽く読み飛ばしましょう。 ●ここが魅力! なんといっても、説明不可能で不気味な出来事が次々に起こるハラハラどきどきの展開はクライトンならでは。人間の精神に関連した超常現象を扱っていても科学的に説得力があるのは作者が医師の資格を持つ科学者だからでしょう。 超常現象の謎だけでなく、登場人物の心理ドラマも加速度的に高まってきます。徹夜してでも読み終えたくなる、読み終えてもすぐには眠れない、そこがこの本の魅力です。 映画化もされていますが、(あまりできの良い作品ではないようなので)そちらは観ないことをお勧めします。 ●アダルト度…
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Jane Eyre
作者:Charlotte Brontë 1847年刊 ジャンル:英国文学/クラシック/ロマンス/ゴシックロマンス http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=yukariscott-22&o=9&p=8&l=as1&asins=0141441143&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&fc1=000000&IS2=1<1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr&npa=1 孤児のJaneは叔母や従兄から虐待され、10歳で慈善施設の学校Lowoodに送り込まれる。Lowoodで慢性的な餓えと学校の管理者による不条理な抑圧に耐える8年を過ごしたJaneは、外の世界を夢見て家庭教師の個人広告を新聞に載せる。 Janeが見つけたのは、Thornfield屋敷の主Mr. Rochesterが元愛人のフランス人オペラ歌手から引き取った少女の家庭教師の職だった。Mr. RochesterはJaneの2倍ほど年上で容貌は醜く毒舌だ。しかもときおり暗い気分になり他人を寄せ付けない。けれども、JaneとRochesterは互いだけが理解し合える知性や真摯さに惹かれる。 友情が恋愛感情に変わる兆しが見えたとき、心をかき乱す出来事が次々と起こる。夜中に不気味な笑い声が響き、誰かが眠るRochesterのベッドに火をつける。そしてJaneに秘密を打ち明けないRochesterは他の女性と結婚することをほのめかす。 ●読みやすさ ★★☆☆☆ まず、クラシックは現代の小説に比べて読みにくい、ということをご承知ください。 けれども、これはクラシックな文芸作品のなかでは、もっとも読みやすい小説のひとつです。第一人称であることと、物語があちこちに飛ばないことが読みやすさに繋がっています。 “presentiment”, “effervesce”といった18世紀、19世紀特有の表現にときどき出くわすのとフランス語やドイツ語の会話が英語で説明されていないことに戸惑うかもしれませんが、だいたいの意味が想像できれば飛ばしても大丈夫です。…