民族紛争の愚かさと残酷さを巧みに描く、イスラム教の世界をベースにしたファンタジー三部作(The Daevabad Trilogy) の2部『The Kingdom of Copper』

作者:S. A. Chakraborty
ハードカバー: 640ページ
出版社: Harper Voyager
ISBN-10: 0008239452
ISBN-13: 978-0008239459
発売日: 2019/1/22
適正年齢:PG15(バイオレンスはあるが、セックスシーンはない)
難易度:上級(世界観と造語が非常に複雑なので、それを読みこなすためには読解力が必要)
ジャンル:ファンタジー
キーワード:18世紀中東、イスラム教、Djinn、魔神、イスラム教の精霊、宗教戦争、カイロ、イスラマバード、オスマン帝国、魔法、ヒーラー、ロマンス
アラブの魔神(Djinn)の種族戦争を描く三部作『The City Of Brass』の続編

(第一巻を読んでいない方は、ネタバレがあるので、*まで飛んでください)

The City of Brassで友人だと思っていた王子のアリザイードと恋心を抱いていた魔神のダラの両方から裏切られ、どちらも失ったナヒリは残酷な王のGHASSAN AL QAHTANI(ガッサン・アル・カターニ)の取引に応じる。それは、自分の民族であるディーバを守るために、長男の王子MUNTADHIR(ムンタディーア)と結婚することだった。

ムンタディーアが自分の異父兄であるJAMSHID(ジャムシッド)と恋愛関係にあることを知ったナヒリだが、宮殿からの外出も許されない事実上の囚人である彼女にできることは限られていた。宮殿内の治療室での魔法のヒーリングだけに集中して5年が経とうとしていたが、人間との混血であるShafit(シャフィート)の医師夫婦に出会い、彼らから人間の医療技術を学び、すべての種族が治療を受けられる病院を設立する夢を抱く。

だが、その背後では、ナヒリが信頼する者たちが密かに政権を覆す計画を練っていた。その首謀者は、死んだと信じられていたナヒリの母のMANIZHEH(マニゼー)だ。ほぼ死滅したヒーラーの一族であるNahid(ナヒード)の中でも最も魔力を持つ存在であり、しかも真実と嘘を巧みに混ぜ合わせて人を説得する力も持っていた。マニゼーは、ガッサン・アル・カターニが求めても手に入れることができなかった女性でもあった。

いったん死の世界に行ったアリ(アリザイード)とダラは、それぞれ異なる魔力から利用されてこの世に蘇った。アリはナヒリの病院を設立する夢の手助けをしようとするが、以前のように正義感を衝動的に口にする癖が災いしてナヒリを窮地に陥らせる。

そして、ダラは疑問を抱きながらもナヒリの母であるマニゼーに操られて陰謀の手助けをすることになる。

パワフルな立役者たちがすべてディババードに集まったとき、人間には見えない魔神の都市が崩壊していく……。

(ネタバレ終わり)


この「The Daevabad Trilogy」の世界は、実際の中東とイスラム教をベースにしたもので、Djin(ジン、魔神)の民族も実際の中東のように多様である。主な民族は6つあり、それに加えて人間との混血であるシャフィートもいる(詳しい内容は作者のサイトをどうぞ)。それぞれの民族に争いと怨恨の歴史があり、混血のシャフィートへの差別もある。読者がそれを理解するのは時間がかかるし、難しいのだが、そこがこのファンタジーの重要な部分でもある。

それぞれの民族に他の民族を不信感や憎しみを抱く理由があるのだが、その感情は共通しているし、どの種族が権力を握っても一般人への残酷な仕打ちが変わらない。これは、中東だけでなく、民族紛争や宗教戦争を起こしてきたどの社会にでも言えることだろう。

このファンタジーの主人公であるナヒリは強力なヒーリングの魔力を持つが、カイロの人間社会で孤児として育ったシャフィートである。誰よりも賢いのに女性が独り歩きも許されない男性社会で自分の才能を抑えて妻としての役割に応じるストリート・スマートなナヒリには、これまでの多くのファンタジーの女性主人公とはやや異なるリアリティがある。

640ページと長いが、詳細が面白く、三部作の最後である次の本が待ち遠しくてならない。

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