偏見に満ちた大人たちに見放されているアメリカの子どもたちに勇気を与える児童書ファンタジー  A Tale of Magic…

作者:Chris Colfer
シリーズ: A Tale of Magic… (1) (Book 1)
Hardcover: 496 pages
Publisher: Little, Brown Books for Young Readers (October 1, 2019)
ISBN-10: 031652347X
ISBN-13: 978-0316523479
適正年齢: 8 – 12 years(小学校3年生から中学生)
難易度:中級
ジャンル:児童書ファンタジー
キーワード:魔法、社会の規範にあわない子どもの苦悩、イジメ、孤立
2019年 これを読まずして年は越せないで賞候補

邦訳版が出ました。私は帯の推薦文を書かせていただきました。

日本にもテレビドラマ『Glee(グリー)』のファンはいるようなので、俳優としてのクリス・コルファー(Chris Colfer)を知っている人は多いかと思う。私は(時間の節約で)20年くらい前からほとんどテレビを観なくなっているので俳優としてのコルファーは知らないのだが、大人気の児童書『Land of Storiesシリーズ』の作家としては以前から知っていた。

『A Tale of Magic…』は、先月の10月に発売されたばかりの新しいシリーズの最初の巻だ。

主要人物は、強い魔法の能力を持って生まれた子どもたちだ。だが、彼らの世界では魔法はありがたい才能ではない。場所や時代によっては、魔力がある者が処刑されるだけでなく、家族全員が処分の対象になる。そこで、魔力の才能を少しでも見せた子どもは親から捨てられることが多い。

抑圧されているのは魔法使いだけではない。南の王国では、女は本を読むことや高等教育を禁じられている(このあたりは、マーガレット・アトウッドのThe Handmaid’s TaleThe Testamentsの舞台であるGileadそのものだ)。

南の王国で権力がある判事の娘として生まれたBrystal(ブリスタル)は、母の家事を手伝いながら「良き妻と良き母になるための学校」に通う14歳だ。唯一の楽しみは次男坊の兄がこっそり借りてきた本を隠れて読むことだが、女が本を読むのはこの国では重罪である。また、判事として国のトップを目指す兄2人よりも法律を理解しているのだが、女ゆえにそれを隠さねばならない。隠していた本を母に見つかって本を読む機会を失ったブリスタルは、知恵を絞って図書館の掃除婦の職を得る。だが、そこで見つけた禁書で自分に魔力があることを発見し、同時にそれを見つけられて、死刑宣告を受けそうになってしまう。

死刑にはならなかったものの「問題児(魔力を持つ子ども)」を収容する恐ろしい施設に送られてやつれていたブリスタルは、強い魔力を持った子どもを教育するアカデミーを作ったMadame Weatherberry(マダム・ウェザーベリー)にスカウトされて救われる。

マダム・ウェザーベリーは、ブリスタルが魔力について知った禁書の作者でもあり、マダムに言わせると、魔法を使う存在には、魔女(witch)とフェアリー(fairy)の2種類があり、前者は生まれつき悪者だが、後者はそうではないという。

アカデミーには、ブリスタルのほかにも、特異な魔力を持つ子どもたちが集まっていた。最初のうち衝突していた子どもたちも、ブリスタルのリーダーシップと周辺の王国の安全を脅かす魔女に対抗するために一致団結するようになる……。

コルファーの『A Tale of Magic…』は、まず小学校高学年から中学校にかけての子どもにとって、読んで面白いページターナーである。そして、「魔法」をテーマとして使うことで、LGBTQ、移民、学習障害など、アメリカに存在する差別の理不尽さを子どもたちに伝えているところがとてもいい。魔力があるとわかっただけで親が子どもを捨てる部分に子どもはショックを受けるかもしれないが、アメリカの「バイブル・ベルト」と呼ばれる宗教右派の住民が多い場所では、子どもがLGBTQであることを親に打ち明けたとたん家から追い出されたり、縁を切られたりするのはよくあることなのだ。そして、ブリスタルが送られた収容施設のように「ゲイを治す」施設に送られる若者も多い。

同性愛者としてイジメにあったコルファーが、児童書でこういった残酷な逸話を書くのは、大人に頼れない子どもたちへの「親が君たちを受け入れなくても、世界には受け入れてくれる人が沢山いる」というメッセージを与えたいからなのだと思う。また、子どもたちに偏見を植え付ける大人を信じていないということもあるだろう。

楽しみつつ、「人間として、胸をはって、より良く生きる」ことの例を見せてくれるとても素敵な児童書だと思った。

コルファーが読んでいるオーディオブックは、「さすが、俳優!」と思わせる楽しさなので、入手できる人にはおすすめ。

私の帯推薦文

1 thought on “偏見に満ちた大人たちに見放されているアメリカの子どもたちに勇気を与える児童書ファンタジー  A Tale of Magic…

  1. 『A Tale of Magic…』読了。おもしろかった。

    「洋書ファンクラブ」年末恒例の「2019年これを読まずして年は越せないで賞」の児童書部門No.1です。

    偏見や差別に苛まれるすべての人たちを励まし、見てみぬふりでやり過ごし何の行動もできない(私を含む)人たちをも励ましてくれます。
    Compassion(思いやり)という平易な一語に収まりきれない、現代社会が今すぐに思い出さなければならない、大切なことが書かれていました。

Leave a Reply