男女とは別の性自認「ノンバイナリー」について理解できる青春小説 – I Wish You All the Best

作者:Mason Deaver
ハードカバー: 329ページ
出版社: Push
ISBN-10: 133830612X
ISBN-13: 978-1338306125
発売日: 2019/5/14
適正年齢:PG14(高校生向け)
難易度:中級+
ジャンル:YA/青春小説
キーワード/テーマ:LGBTQ+、nonbinary(ノンバイナリー)

I wish You All the Bestの主人公ベン(Ben)は、生まれたときの身体の性は男性だが、自分を男性とも女性とも認識していないノンバイナリーの高校生だ。年上の姉が家出して以来、伝統的な慣習を重んじる両親に抑圧と一人で闘い続け、押しつぶされそうになっている。ついに長年の秘密を打ち明けるが、両親から家を追い出されてしまう。そこで、何年も会っていなかった姉と高校教師の伴侶と同居することになる。姉の夫が働く高校に転校したベンは、新たに得た友人のおかげで、葛藤しながらも自分の居場所を見つけるようになる……。

今年刊行されてから話題になっているこのYA小説『I Wish You All the Best』は、男性でも女性でもない「ノンバイナリー」をテーマにしている。以前、主人公が「ジェンダーフルイド(gender fluid)」であるSymptoms of Being HumanというYA小説を紹介したことがあるが、ノンバイナリーとジェンダーフルイドは厳密には同じではない。ジェンダーフルイドは、その時によって本人が男性を自認したり女性を自認したりして流動的であるが、ノンバイナリーは必ずしも男性や女性を自認しない。どちらでもないと感じる状態がずっと続いている人もいる。

また、まれたときの身体的な性と性自認が一致し、その性で生きる人のことを「シスジェンダー」と言う。そして、異性を好きになり、性的な要求も抱くが「ヘテロセクシュアル」である。これらを組み合わせた「シスジェンダー」かつ「ヘテロセクシュアル」に属する人が性的多数派(マジョリティ)ということになる。

これまで存在した文学や映画などのアートや商品は、ほぼ性的マジョリティ対象だった。それが明らかに問題視され、マイノリティの人が発言するようになったのは最近のアメリカの社会的な進歩といえるだろう。

性的マイノリティ(少数派)で初期によく知られていたのはゲイとレズビアンである。そして、それにバイセクシュアルとトランスジェンダーが加わり、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)という表記がよく使われるようになった。

だが、最近ではLGBTQあるいはLGBTQ+という表記のほうが増えたことに気づいている人はいるだろう。Qはクィアであり、LGBTには属さない性的マイノリティが含まれている。

そして、Q+に属する「ジェンダーフルイド」や「ヘテロセクシュアル」の人は、he/sheという男性か女性がはっきりしたpronoun(代名詞)を使われたくない。彼らが自分たちに使ってほしいと願う代名詞は、theyである。最初は「theyは三人称多数でしょう? ややこしい」と抵抗があるかもしれないが、アメリカでは学校や職場など公式の場でも浸透しはじめている。

その人のジェンダーが不明なとき、「あなたは男ですか? 女ですか?」とか「あなたのジェンダーは?」という質問は失礼になる。その代わりに使う礼儀正しい質問は、「What pronouns do you use?(あなたはどの代名詞を使っているのですか?)」なのだ。

この小説の作者自身がノンバイナリーであり、かのひと(彼でも彼女でもない日本語の代名詞はこれから考える必要があるだろうが、とりあえず)の視点でノンバイナリーの心理や周囲の人に何を求めていいるのかが理解できる貴重なYA小説だと感じた。

表紙も素敵で、つい「表紙買い」してしまう本である。

ただし、辛い思いをして家を出た姉に対するベンの恨みつらみとか、自己憐憫すぎる態度とかは、「女」という社会的なマイノリティとしてけっこうタフな体験をしてきた私にはすんなり受け入れられないところがあった。また、自分では努力していないのに、転校先でこんなに良い友人(恋人?)がすぐ出来てしまうというのも、リアリスティックではない。ゆえに今年の「これを読まずして年は越せないで賞」には推薦できなかった。

それよりも、次にご紹介するBirthdayは似たようなテーマを扱いながらも、すべてがリアルで美しくかったので、そちらを「これ読ま」に推薦させていただく。お楽しみに。

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