もしヒラリーがビル・クリントンと結婚していなければ…? 出来損ないの二次創作になってしまった残念な小説 Rodham

作者:Curtis Sittenfeld
ハードカバー: 432 pages
出版社: Random House
ISBN-10: 0399590919
ISBN-13: 978-0399590917
発売日:May 19, 2020
難易度:上級(新しい難易度スケールで7/10)
適正年齢:R(不必要な性的シーンが多い)
ジャンル:大衆小説/風刺小説
テーマ/キーワード:ヒラリー・クリントン、ビル・クリントン、大統領選、風刺

個人的な好き嫌いは別として、大統領夫人、国務長官、上院議員を務め、女性としてアメリカで初めての主要政党の指名大統領候補になったヒラリー・クリントンの達成と知名度を否定できる人はいないだろう。それでも否定する人がいるとしたら、「嫌い」の感情が先走って冷静に認められないのだろう。そのように、ヒラリーは、人々に「大嫌い」か「大好き」といった極端な感情をかきたてる人物でもある。30年以上政治に関わってきた歴史もあるが、ビル・クリントンという複雑な人物と結婚したのも大きく影響している。

ヒラリー・ロダムが女子大のウェルズリー大学を優秀な成績で卒業し、卒業生総代として行ったスピーチが『ライフ』誌に取り上げられるほど話題になったこと、その後進学したイェール大学のロースクールでビル・クリントンに出会ったことは良く知られている。また、ビルがヒラリーに何度もプロポーズして断られたというのも、ビル自身がよく語るエピソードだ。

とはいえ、ビル・クリントンが大統領だった頃に高校生以上だった人が一番よく覚えているのは、当時インターンだったモニカ・ルインスキーとの”不適切な性的関係”が明るみに出て弾劾裁判にまで発展したスキャンダルであろう。ビルは、ルインスキーの他にも多くの女性と不倫関係を持ったり、性的暴力で訴えられたりした。社会はなぜか加害者の男性はすぐに許すのに、被害者の女性や加害者の伴侶を厳しく裁く。女性関係で問題を起こし続けるビルを離婚しなかったことで、ヒラリーは「それでもフェミニストのつもりなのか?」と批判されることになった。2016年の大統領選挙のときには、ビルを性暴力で訴えた女性たちをトランプがディベートの観客席に招くなど、ビルの過去がヒラリーの足を引っ張ってきたのは事実だ。

こういったことから、ヒラリーの熱心な支持者が「もしヒラリーがビルと結婚していなかったら、彼女は大統領になっていたかもしれない」と想像するのは当然のなりゆきだ。男性の政治アナリストたちの中には「ビルと結婚していなかったらヒラリーはここまでの地位は得られなかった」と平気で言う者がいたが、大統領夫人だったときのヒラリーよりも、国務長官や上院議員を務めていたヒラリーのほうが圧倒的に人気が高かったことを考えれば、ビルとの結婚で有利になったとは言えない気がする。

そういう背景もあって、「ヒラリーがビルと結婚しなかった」パラレルワールドでのヒラリーの人生を描くCurtis Sittenfeldの『Rodham』に興味を抱いた。Sittenfeldは、これまでに寄宿制名門私立学校を舞台にした『Prep』やローラ・ブッシュをモデルにしたのが明らかな『American Wife』などを書いたベストセラー作家である。この『Rodham』もかなりよく売れている。

最初のうちは、ヒラリーやビルの自伝や雑誌の記事をまとめたような内容であり、小説としての面白さはあまりない。それよりも、無意味に顕なセックスの描写や扱いにうんざりした。女性であってもオープンに性を語るのはまったく構わないのだが、「誰もこんなの読みたくないよ」と言いたくなるシーンが何度も出てくるのだ。

それに、ビルの浮気癖を知ってもヒラリーが彼を見捨てることができなかったのはSittenfeldが書いたような理由ではないと思う。ヒラリーのようにずば抜けて優秀な女性が自分と対等の知性を持つ男性と付き合う機会はそう多くない。特に、彼らが出会った1970年ごろには、アイビーリーグ大学での女子学生に対する差別はあからさまだった。優秀な者が集まったロースクールの中でも、最も優秀だと見なされていたのが女子学生だということに嫌悪感や憤りを覚える男子学生はいただろうし、彼女と付き合う勇気と自信を持つ男子学生は少なかっただろう。ヒラリーは、彼女の優秀さと女性としての魅力を同時に認めることができるビルの、揺るぎなき自信とカリスマ性に惹かれたのだと私は思う。

ヒラリーがもしビルと結婚していなかったら、彼女はビルとの過去を「青春の強烈な思い出」として箱に入れて戸棚にしまいこみ、さっさと異なる人生を生きていたと私は思う。彼女が子ども好きなのは事実だから、他の男性と結婚してもっと沢山子どもを産んでいたかもしれない。なぜなら、ヒラリーほど優秀な人物でなくても、私を含めて多くの女性はそういうものだから。私など、「この人と結婚できなかったら、私の人生は終わりだ」とまで悲観した恋人の名前ですら思い出せないくらいだ。

それに、ヒラリーが自分の外見を卑下している箇所が何度も出てくるのが気に入らなかった。今でもヒラリーはなかなかの「グッドルッキング」だが、若い頃の写真を見ると「ビューティフル」だ。たしかに脚は太めかもしれないが、それに負けない私でさえ、Sittenfeldが描くヒラリーのようにウジウジ自分のルックスを卑下したりしない。

ビルと結婚しなかったヒラリーがイリノイ州の上院議員になった部分にも憤りを覚えた。黒人女性として史上初めてアメリカの上院議員になったCarol Moseley Braunを、Sittenfeldは歴史から消してしまったのだ。この部分は、ブラウンとヒラリー両方への侮辱だと感じた。

また2016年の大統領選に至るまでのビルとの関係もムカムカするものだった。大統領選の内容もそうだ。

最悪なのは、SIttenfeldが、ヒラリーや、政治の世界であがく女性の心情をまったく理解していないことだ。少なくとも、この小説からはまったくそれが読み取れない。

NPRの対談記事を読んだところ、彼女はヒラリーに会ったこともないし、取材もしていないようだ。ソースはすべてビルの回想録やヒラリーの回想録といったものらしい。回想録ではないヒラリーの内声を小説として描くのであれば、少なくともヒラリーを知る人から話を聞くか、私のように何度かヒラリーのイベントに足を運んで本人と会ったり、彼女が周囲の人とどんなやり取りをしているのかを観察するべきだろう。

取材なしで勝手に想像して創作しているという意味で、この小説はただの「二次創作」だ。フィクションの二次創作を販売するのは法的に禁止されているが、実存の人物(あるいは回想録)の二次創作を販売するのは許されるのだろうか?

そういうことまで考えて、読後もムカついているので、私としては珍しく1つ星評価にした。

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