作者:Alisson Wood
Publisher : Flatiron Books
発売日:August 4, 2020
Language : English
Hardcover : 304 pages
ISBN-10 : 1250217210
ISBN-13 : 978-1250217219
適正年齢:PG15+ (性に関する露骨な描写はかなりあるが、高校生にこそ読んでほしい作品)
難易度:7
ジャンル:回想録
キーワード:小説『ロリータ』、ナボコフ、高校教師による生徒への性的虐待、心理的虐待、グルーミング、心理操作、ガスライティング、ドメスティック・バイオレンス
身体の急速な成長に心の成長が追いつかない思春期は、どのジェンダーの子どもにとっても辛い時期である。自分の身体に満足し、心理的に安定しているティーンは少数派だろう。この脆弱な状態にあるティーンの心の隙きを狙う教師はどこにでもいる。それをテーマにした小説も数え切れないほどある。昨年話題になった小説 My Dark Vanessaもそのひとつだ。その小説と同時期に発売されたのに、それほど売れなかった実話がこのBeing Lolitaだ。私はMy Dark Vanessaで疲れ切ってしまったので読むのが遅れてしまったのだが、それを後悔している。なぜなら、この本こそ多くの人に読まれるべきだと思うからだ。
作者のAlisson Woodは、現在は大学で英文学を教える教授だが、高校最終学年のときにはいわゆる「問題児」だった。両親の不仲など家庭に問題があり、自傷行為もあった。学校で噂をたてられて孤立し、利発だが成績もふるわなかった。17歳のAlissonが学校で好きな授業は英文学(日本で言うなら国語)で、新任の女性教師に「才能がある」と言われて自信も持ち始めていた。その女性教師がAlisonを援助するつもりで紹介したのが同じく新任の男性教師Mr. Northだった。このとき彼は26歳だった。
17歳のAlissonは、自分はすでに大人の女であり、Northと自分の間に起こったことは恋だと信じ切っていた。だが、大人になって過去を振り返った彼女に見えるのは、精神的にも肉体的にも未熟な「子ども」の自分だ。未成年者の生徒と性的な関係を持つ教師は、心理操作がしやすいターゲットを選ぶ。家庭と学校で問題を抱えて孤独だったAlissonはちょうどよいターゲットだったのだ。
この回想録を読むのは正直つらい。Northと出会った頃のAlissonに「彼がやっていることは、マインドコントロールだから乗ってはいけないよ!」と忠告したくなる。生徒の高校の卒業式の夜に自分の家に呼び込んで肉体関係を持つ教師の小狡さを教えてあげたくなる。何よりも、『ロリータ』にとりつかれた年上の男のファンタジーの道具にされていることを知ってもらいたくなる。Alissonも自分たちの関係が不健全であり、Northが精神的にも肉体的にも自分に虐待を与えていることを薄々知っている。でも、そのたびに、すべてが上手く行かない原因はAlissonにあるのだとNorthは信じ込ませる。加害者はガスライティングが上手いのだ。
大人になったAlissonは、こういった構造をもちろん理解している。だからこそ、これからターゲットになる可能性がある少女たちのためにもこの回想録を書いたのだろう。
若かりし頃のAlissonに目を覚まさせてくれたのは、大学の英文学の女性教授だった。教授にNabokovの発音をやんわりと訂正されたAlissonは、文学についての彼女の知識を見下げてきたNorthがはったりだと知る。あんなに執着している小説の作者の名前を正確に発音することもできないのだ。その教授はさらにナボコフのLolitaについてこう言う。「ロリータは愛についての物語ではない。実際にはレイプと執着の物語だ」と。
小説『ロリータ』に対する私の考え方もこの英文学教授と同じだ。でも、それを書くと、必ず「おまえはこの小説を理解していない」と叩く人が出てくる。
小説として優れているのは否定しない。むしろ、ナボコフのハンバート・ハンバートに説得力がありすぎて「愛の物語だ」とまるめこまれてしまうほうに問題を感じる。違和感を覚える読者ですら、自分より知識がありそうな人(この回想録の場合には英文学の教師であるMr. North)がそう言うのであれば「これは愛の物語だ」と自分に言い聞かせてしまうこともあるだろう。「初めて読んだティーンのときにラブストーリーだと思いこんでいた。後で読んで自分が大きく誤解していたことを知ってぞっとした」と言う女性はかなりいる。
だからこそ、私は特にティーンがLolitaを読むときに、この回想録もあわせて読んでほしい。ターゲットにされた現実のロリータの言葉を聞けば、『ロリータ』がラブストーリーだと勘違いせずにすむだろうから。そして、自分を狙うハンバート・ハンバートの本性を見極めることもできるだろうから。