作者:Megan Goldin
Publisher : St. Martin’s Press
発売日:August 4, 2020
Hardcover : 352 pages
ISBN-10 : 125021968X
ISBN-13 : 978-1250219688
適正年齢:PG13(性的コンテンツが多いが、中高生にこそ読んでほしい内容でもある)
難易度:7
ジャンル:犯罪小説/法廷スリラー/心理スリラー
キーワード:レイプ、殺人、法廷、セカンドレイプ、ポッドキャスト
実際に起こった犯罪を調査するポッドキャスト「Guilty or Not Guilty」を始めたジャーナリストのRachelは、最初のシーズンで有罪判決を受けた男性の無実を証明して名前が知られるようになった。けれども、犯罪を取り扱うポッドキャストなので顔を知られないほうがいいという番組プロデューサーの指導もあり、顔写真は公開していなかった。そのほうが取材もやりやすかった。
シーズン3のテーマは、ノースカロライナの小さな町Neapolisで始まろうとしている裁判だ。地元の女子高生がレイプされた事件で、被告はオリンピック出場を目指すエリート水泳選手の大学生だ。被告の両親はこの町で最も裕福な家族であり、息子の良いイメージを広めるためにPR会社を使い、敏腕弁護士を雇っていた。被害者の祖父はもう亡くなっていたが、かつてこの町で英雄視されていた警察署長だった。
誰もが顔見知りの小さな町は、被害者側に立つ者と加害者側に立つ者とで真っ二つに割れていた。けれども、この町からオリンピック金メダリストが出ることを夢みていた人などは、「ちょっとしたことで青年の輝かしい将来を奪った」として被害者の女子高生を非難する声が大きかった。
殺人がテーマの場合には、「殺人は悪いことである」ということで人々の意見は一致する。だが、レイプは人々の意見を大きく分けるコントロバーシャルなテーマだ。公平であろうとすればするほど、心理的に被害者側に立つ者と、加害者側に立つ者の両方から強い反感が出てくる。プロデューサーのPeterはレイプをテーマにすることに反対だったが、Rachelは押し通した。
プロデューサーが入院中なので単独でNeapolisに来たRachelに正体不明のストーカーがまとわりつく。顔は知られていないはずなのに、偶然停まった高速休憩所で車のワイパーに手紙が残っていたり、ホテルの部屋の中にメッセージが入ったパンフレットがあったりという不気味なものだった。メッセージを書いたのはHannahと名乗る女性で、ポッドキャストのほうにリクエストして拒否されたので直接Rachelにコンタクトすることにしたという。25年前にこの町で死んだHannahの姉Jennyの死因は事故での溺死ということで片付けられていたが、実際には殺人だという。それを暴いてくれるのはRachelしかないとHannahは主張する。プライバシーを侵害するHannahに怒りを覚えながらも、Rachelは次第にHannahと彼女が語る過去の事件に興味を抱いていく……。
地元が英雄視するアスリートが性犯罪で訴えられたとき、「将来を奪われた青年が気の毒だ」という反応を示す住民は多い。そして、”青年から将来を奪った”被害者のほうを責める。それはノンフィクションのMissoulaにも詳しく書かれていた。
Megan GoldinのThe Night Swimは、HannahがRachelに送るメッセージや手紙で25年前に起きたレイプ事件を、裁判の状況を報告するポッドキャストで現在のレイプ事件を展開していくのだが、そのなかで、「加害者ではなく被害者が裁かれる」レイプ事件独自のやるせなさを描いている。この小説に描かれているのは、これまでノンフィクションで報告されてきたことだが、こうして小説の形になると、性暴力の被害者がなぜ訴えないのかがさらによくわかる。報告された性暴力の数字が低い社会は性暴力がない安全な社会とは限らない。もしかしたら「性暴力を報告できないほど被害者に冷たい社会」なのかもしれない。そういった発想転換のきっかけにもなる小説だ。
性暴力の被害者にとってはトリガーになる部分が多い小説だ。私は何度か泣いてしまった。でも、落ち着いた公平なトーンで被害者と加害者たちの声を書いている犯罪小説は稀なので、多くの人に読んでもらいたいと思った。
ポッドキャストの部分でリアル感が楽しめるオーディオブックもお薦め