作者:Ann Patchett
Publisher : Harper
刊行日:August 1, 2023
Hardcover : 320 pages
ISBN-10 : 006332752X
ISBN-13 : 978-0063327528
対象年齢:一般(PG15)
読みやすさレベル:7
ジャンル:文芸小説、ラブストーリー
テーマ、キーワード:人生の異なる時点での異なる愛、回想、アメリカ中西部の果樹園、家族ドラマ
Covidのパンデミックが始まった2020年、ミシガン州北部で果樹園を経営している夫婦のもとに20代になった娘3人が戻ってきた。さくらんぼの収穫をしながら、娘3人は母に過去の話をせがむ。母のLaraは女優をしていた若い頃に、後に有名な俳優になったPeter Dukeと付き合っていたことがあるのだ。2人が出会ったのは、果樹園の近くにあるTom LakeでLaraが舞台劇Our Townの主要人物であるEmilyを演じていた時だった。
Laraはこれまで詳しいことを語らなかったので、娘たちは母の過去を勝手に想像して作り上げていた。特にLaraが演じた役の名前をつけられたEmilyは、Dukeが自分の父親だと信じ込み、父と会わせてくれなかった母を糾弾してきた。
久しぶりに娘たちが揃ったこと、彼女たちが大人になっていること、Covidや気候変動で未来が不確かな世界に生きていること、そしてある重要な出来事がきっかけになり、Laraはこれまで語ったことがない思い出を語り始めた……。
Ann Patchettは、Bel Canto, State of Wonder, Commonwealth, The Dutch Houseなど数多くのベストセラーを書いてきたベテラン作家だが、毎回まったく異なるタイプの小説を書く。私が初めて読んだPatchettの作品は、在ペルー日本大使公邸占拠事件をモデルにしたBel Cantoで、これは拙著『ジャンル別洋書ベスト500』に収録しており、映画化もされた。State of Wonderはマジックリアリズム的な要素がある作品で、他の作品とはかなり異なる。そして最近のThe Dutch Houseは歴史小説の部類になる。
今回のOur Townは、これまでの作品にあった胸がよじれるような葛藤や悲劇があまりない。年月がたって振り返る過去の痛みは、ただの切ない思い出になっている。若い頃の情熱的な愛と、年を取ってからありがたく思う愛の違いといったものもLaraの回想から感じる。
オーディオブックのバージョンは、かのメリル・ストリープが読んでいる。メリル・ストリープが読んでいると知っていても、耳を傾けていると彼女がナレーターだというのを忘れてしまう。Laraを始め登場人物のの姿しか浮かんでこない。さすがメリル・ストリープだ。
特に何も起こらないといえば何も起こらない小説なのに、なぜかじんわりと豊かな気分になる。そのあたりが、作家としてのAnn Patchettの卓越した才能であり、成熟と言えるだろう。