アイスホッケーが誇りのスウェーデンの田舎町で起きた事件が浮き彫りにする人間模様 Beartown

著者:Fredrik Bachman (A Man Called Oveの著者)
ハードカバー: 432ページ
出版社: Atria Books
ISBN-10: 1501160761
発売日: 2017/4/25
適正年齢:PG12+(レイプのテーマはあるが中学生でも読んでおいたほうがいい内容)
難易度:上級(登場人物が多いので、ネイティブの読者でも最初は混乱する。文章そのものはシンプル)
ジャンル:現代小説
キーワード:スウェーデン、田舎町、アイスホッケー、ジュニア・ホッケーチーム、コーチ、しごき、いじめ、レイプ、村八分、噂、社会経済的差別、人種差別、青春の悩み

Fredrik BachmanのA Man Called Oveは、皮肉なユーモアの風刺小説かと思って読んでいたら人情ものになり、思わず目に涙を浮かべてしまった。
Bachmanをそういうタイプの小説家だと思いこんでいた私のような読者は、Beartownを読んで驚くに違いない。
欠陥がある人間への暖かい視線は共通しているが、A Man Called Oveとはまったく異なるタイプの小説なのだ。

繁栄に取り残されたスウェーデンの田舎町Beartown(ベアタウン)の住民にとって、アイスホッケーと強いジュニア・チーム(20歳以下の部門)は何よりも重要な存在だ。

ここのジュニア・チームで活躍すれば、北アメリカのNHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)からスカウトされてプロの選手になる可能性がある。貧乏な少年にとっては、アイスホッケーは貧しい町から抜け出す唯一のチケットだ。
そして、ほかに何も誇れるものがない住民にとって、アイスホッケーは町のアイデンティティであり、宗教でもある。
ベアタウンでは、予備軍からジュニア・チームに選抜された少年たちは神に近い存在なのだ。

ホッケー少年たちは、幼い頃からリンク内外での暴力に慣れている。それを黙って受け入れ、ときに楽しむのが男らしさなのだ。それを受け入れられない者は生き残れない。

強くても、貧乏な町のホッケーチームには金がない。そこで、チームの経営者や出資者は、ホッケーの専門学校(アカデミー)の誘致を狙っていた。アカデミーができれば、企業からの出資も得られるし、ビジネスも増える。そのためには、今年のジュニア・チームが優勝するのは必至だった。

Peterも、かつてベアタウンからカナダのプロチームにスカウトされたスター選手だった。しかし、怪我で選手生活を断念し、今はジェネラル・マネージャー(GM)として経営陣とコーチの間に挟まれて悩み多き毎日を送っている。

Peterは、カナダに住む友人のスカウトに17歳のKevinを内密に薦めていた。裕福な家庭で育ったKevinは、成績も良く、チームの花形選手だ。

ある事件をきっかけに、アイスホッケーを愛する町は、真っ二つに別れることになった。

****ここからややネタバレ****

チームが準決勝で勝利した後のパーティで、酔ったKevinがPeterの15歳の娘Mayaをレイプしたのだ。
スター選手の自分に進んで身を差し出す少女らに慣れているKevinは、Mayaに抵抗されて逆上し、首を締めて殺しかけたのだ。

事件がようやく明らかになったとき、アイスホッケーが宗教になっているベアタウンの住民らは、加害者のKevinを守り、被害者のMayaとその両親を責め、村八分にした。そんな町の雰囲気を変えたのは、意外なヒーローとヒロインらだった……。

スポーツはアイスホッケーだが、起きた事件の内容は、Jon Krakauer著のノンフィクション『Missoula』の状況にとても良く似ている。警察や住民の態度も、まさにそのものだ。

そして、Mayaが同級生らから受けた仕打ちは、ノンフィクションの『American Girls』を思い出させる。

しかし、Bachmanの小説は、人々の複雑な心理を、ノンフィクションよりも鮮明に伝えてくれる。

「部屋に一緒に行ったらセックスを合意したことになる」あるいは「いったんキスに応じたら、どんなセックスをされても文句は言いっこなし」という加害者や擁護派の考え方がいかに間違ったものかを、Mayaの視点から教えてくれる。

そして、「個人よりもチーム優先」というピア・プレッシャーがどれほど大きなものかも。

****ネタバレ終わり****

Bachmanの『Beartown』を読んでいると、スウェーデンの田舎町とアイスホッケーが鮮やかに目に浮かんでくる。住民たちも、本当に存在しないのが信じられないくらい鮮明だ。不思議なのは、アメリカのラストベルトの人々を描いたノンフィクション『Hillbilly Elergy』を思い出させるところがけっこうあるということだ。
たぶん、人々はどこに住んでいても、似たようなものなのだろう。

登場人物が多くて、最初は混乱するかもしれないが、いずれの人物も味わい深い。出て来るシーンが少なくても、誰ひとりとして「脇役」ではない。彼らがページに現れないときの生活まで見えてくる。

中心人物は被害者の少女とその家族だが、それ以外の人々も、とてもリアルで魅力的だ。ジュニアチームのBenjiと(イスラム教の移民の子孫と思われる)Amatの二人は、誰にも見せたくない弱みを持ちながらも、集団に巻かれるのを拒む強さを持っている。周囲が求める「男らしさ」と、真の「男らしさ」の違いを見せてくれる。

ゴールキーパーだった夫が亡くなった後、外に出なくなった年配のバーテンダーのRamonaも魅力的だ。クレイジーな女だと思われているが、マッチョな男らしさを誇るアイスホッケーの元選手らが、彼女にはつい本音を漏らす。町の男たちの「心理セラピスト」になっているRamonaが、じつはBeartownの本当のヒロインなのかもしれない。

この小説を読むと、著者がまだ30代とは信じられないほど人間をよく理解している作家だとわかる。
これからどんな作品を書いていくのか、とても楽しみだ。

渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott についてhttp://youshofanclub.comエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。兵庫県生まれ。 助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。 2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に 新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。 最新刊『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社) ニューズウィーク日本版とケイクスで連載。 翻訳には、糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)、『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)など。 連載 Cakes(ケイクス)|ニューズウィーク 日本版 洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者 Author, translator, and English book reviewer for Japan Market. Author of "500 best books written in English" for the Japanese market. English book reviewer for Newsweek Japan. Amazon.co.jp Top 500 reviewer.

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