女性作家が描いたギリシャ神話のキルケー Circe

作者:Madeline Miller
ハードカバー: 400 pages
Publisher: Little, Brown and Company
ISBN-10: 0316556343
出版日:2018年4月10日
適正年齢:PG15
難易度:上級
ジャンル:文芸小説(古典のリテリング)
テーマ/キーワード:ギリシャ神話、キルケー、オデュッセイア、オデュッセウス、神統記、ダイダロス(イカロスの父)、nymph(ニュンペー)

ホメロスの『イーリアス』の改作(リテリング)である『The Song of Achilles』がベストセラーになったMadeline Millerの最新作。今回の『Circe』は、同じくホメロスの『オデュッセイア』やヘーシオドスの『神統記』に登場するキルケーのリテリングである(Circeは英語読みで「サーシー」に近い発音)。

太陽神ヘリオスと女神ペルセーイスの間に生まれたCirceは、女神ほどパワフルではないnymph(ニュンペー、精霊)だった。精神的にナイーブなCirceは、両親や兄弟のように完璧で残酷な神たちの行動様式に馴染みきれず、脆弱な人間に強く惹かれていた。

あるときキルケー(Circe)は人間の魚師のグラウコスに恋をし、これまで使ったことのない魔法で彼を海神にしてやる。だが、グラウコスはキルケーに感謝するどころか、キルケーが嫌うニュンペーのスキュラに恋をする。裏切りに嘆き悲しんだキルケーは、衝動的に魔力を使ってスキュラを怪物にしてしまった。それが、『オデュッセイア』に出てくる6つの犬の頭と12の足を持つ海の怪物スキュラである。

父の怒りに触れたキルケーは、無人島に永久に幽閉される。

その島に英雄オデュッセイアと部下の兵士たちが流れ着く。動物以外の神や人間と触れることなく孤独に暮らしていたキルケーは、兵士たちを食べ物や飲み物で歓迎した。しかし、空腹を満たした兵士たちは、キルケーを守る男性の存在がないことを知るやいなや彼女を襲って性暴力をふるった。憤ったキルケーは、彼らを豚に変えてしまう。

その後オデュッセイアが到着し、彼と恋におちたキルケーは兵士を人間に戻す。そして、オデュッセイアは1年をキルケーとともに過ごすが、その後妻のペネロペーが待つ故郷を目指して島を発つ。キルケーは、オデュッセイアが無事に旅ができるように援助する。

Circeの大筋は、ホメロスの『オデュッセイア』やその他のギリシャ神話と同じである。だが、『Circe』のキルケーは、不気味な魔女ではない。どちらかというと、愛を惜しみなく与えては裏切られる可愛そうな女性であり、ナイーブさが際立つ女性だ。このキルケーには、スキュラを怪物に変えたり、兵士たちを豚に変えたちゃんとした理由がある。

Madeline Millerが描いたキルケーの面白さは、女性の視点でギリシャ神話を検証したところにある。

ギリシャ神話に出てくる英雄にとって、オデュッセウスもそうだが、残忍に人を殺したり、部下を犠牲にしたりすることは「英雄」の役割のひとつである。また、妻がいながらもあちこちでナウシカアやキルケーのような美女と簡単に関係を持ち、夫婦のように暮らした後で「妻と子供が待っているから」とあっさり去っていく。ときに婚外子を後に残すことにも罪悪感など抱いたりはしない。

やりたい放題のことをしておきながら、オデュッセウスは自分が不在の間にシングルマザーとして自宅を守ってきた妻ペネロペーの求婚者たちを息子と一緒に皆殺しする。そのうえで、妻に自分の冒険の自慢話をするのである。

古代の男性作家が書いた英雄の傲慢さにこれまでの読者は寛容だったわけだが、現代の女性が読むと、「英雄って、実は自己チューなナルシシストなんじゃない?」という疑問を抱かずにはいられない。

そういった女性読者にとって、MillerのCirceはとても納得できるリテリングだ。もしギリシャ神話の神々がまだ生きていたとしたら、英雄の定義も変わっていただろうか?

そんなことまで考えてしまった。

2 Comments

  1. 昨年の「これを読まずして年は越せないで賞」の大賞作品ということで、絶対読みたいと思っていました。さすがに面白い小説でした。ただ、基になっている『オデュッセイア』や『神統記』をちゃんと読んだことがないので、リテリングの面白さを十分には理解できていないような気がします。自分の知識の無さや読解力不足のせいで堪能できないのは悲しいですが、仕方ないですね。ギリシャ神話は、岩波文庫か何かで読みかけたものの登場人物(神)の多さや複雑な人間(神)関係、辻褄が合わない(ように感じる)物語展開などに辟易して挫折した過去があるのですが、また読んでみたくなりました。

  2. ギリシャ神話は、Mortalな英雄(男性)が如何にして偉業を成し遂げたかをの物語、と云う印象を持ってました。一方女性(或いは第三者)の視点から見れば、結果はさておき途中経過で如何に残虐で傲慢たり得るかを語るところが新鮮です。当然ながらGod/Goddessが気まぐれ、嫉妬深く、執念深いのは相変わらずです。

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