作者:Margaret Atwood
Hardcover : 144 pages
ISBN-10 : 006303249X ISBN-13 : 978-0063032491
Publisher : Ecco
発売日:November 10, 2020
適正年令:PG15
難易度:7/10
ジャンル:現代詩
テーマ:死、老い、環境問題
マーガレット・アトウッドは、『侍女の物語(The Handmaid’s Tale)』、『オリクスとクレイク(Oryx and Crake)』(Maddaddam三部作)など人権や環境問題などをテーマにした多くの問題作を書き、ブッカー賞など数え切れないほどの文芸賞を受賞してきたカナダ人作家である。それらの多くはspeculative fiction(実際にはSFやファンタジーの領域だが、文芸小説とみなされているものにはこう自称するものが多い)のカテゴリに入るが、それ以外にも児童書や評論、詩も書いている。
1973年からパートナーだった作家のグレアム・ギブソン(Graeme Gibson)が85歳で亡くなってから1年後に刊行されたこの詩集の冒頭には「For Greame, in absentia」という献辞がある。in absentiaとは「本人不在、欠席」という意味のラテン語だ。
この詩集では、亡くなる前に認知症を患ったGreameや猫などが「不在のまま」で日常に存在し続けるのを感じる。寂しさがあっても辛さがないのは、アトウッドの年令もあるだろう。ある程度生きると、自分がいつか誰かにとっての空の椅子になることが静かに想像できるようになる。そして、それにノスタルジックになったりもする。
たとえば、「INVISIBLE MAN」の中の次の部分だ。
the shape of an absence
in your place at the table,
sitting across from me,
eating toast and eggs as usual
or walking ahead up the drive,
a rustling of the fallen leaves,
a slight thickening of the air.It’s you in the future,
we both know that.
You’ll be here but not here,
a muscle memory, like hanging a hat
on a hook that’s not there any longer.
だが、環境についての詩は、まだノスタルジックさに飲み込まれてはいない。バードウォッチャーでもあるアトウッドの詩には、鳥もよく出てくる。鳥やクジラ、狼たちについて語る詩には、憤り、不安、後悔、もどかしさ、といった感情がストレートに表現されている。そして、この世界に産まれた子どもたちに語りかける「OH CHILDREN」といった詩の次のような表現には、ストレートすぎるような嘆きはあれど、老いやノスタルジアはない。
Oh Children, will you grow up in a world without ice?
Without mice, without lichens?Oh Children, will you grow up?
認知症になった猫の幽霊の詩にはじわりとしたが、何よりも私の胸にこたえたのは、「SEPTEMBER MUSHROOMS」という詩の I missed them again this year. という何気ない冒頭の部分だった。
50年近く一緒に過ごしたパートナーのGreameが亡くなったのは2019年の9月だった。この詩はそれにはまったく触れていない。単に、きのこ狩りに行くのが習慣になっていたことを匂わせ、「今年はまた行きそびれた」と何気なく書いている。でも、その理由がパートナーの死だったことを想像できる。また、歳をとってくると「花見」とか「野生のベリー摘み」とかを「あと何度できるのだろうか?」と思うようになるものだ。私もそうなので、この1行で、それらすべてを想像して胸がつまってしまった。
たったひとこと、たった1行でそれができるのが詩の素晴らしいところだ。