Month: November 2009

「これを読まずして年は超せないで」賞ノミネート作品紹介その4

「これを読まずして年は越せないで」賞のノミネート作品を、先日から9回にわたって4作ずつ紹介しています。今日はその第4回。公平になるようにアルファベット順です。 でも、せっかく2009年の賞ですから、2008から2009年にかけて出版されたものや今年映画化などで話題になったものにはつけさせていただきます。また長めの推薦文は別ページにリンクいたしましたのでよろしくお願いします。 本日のノミネート作品と推薦者 The Giver by Lois Lowry
  コニコさんのお嬢さん

 I Am Legend by Richard Matheson
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Lives of Mothers & Daughters: Growing Up With Alice Munroの推薦文 by sosoraraさん

作者は、しばしば「短編の女王」と称され、ここ数年毎年ノーベル文学賞候補としても取沙汰されるカナダの短編作家アリス・マンローの長女。海を渡ってカナダへ移住してきた母の祖先の話から語り起こして、母の生い立ち、結婚して子供を育てる傍らつぎつぎと珠玉の作品を生み出してきたこれまでの人生を、その娘として生きてきた自らの物語も交えて記しています。 マンローは、文学の世界ではともすると軽く見られがちな短編一筋に書き続けてきた作家です。よく比較される同じカナダの有名作家マーガレット・アトウッドとはまったく異なり、政治、社会、思想などといった「大きな」テーマには見向きもせず、実験的手法を凝らしたりもせず、愚直に、といっていいくらい、自分が生まれ育ったオンタリオのごく普通の人々の生活(とはいえ、それがなべてごく普通か、というと決してそうではなく、そこにはしばしば目を見張るような強烈なドラマが潜んでいるわけですが)を書いてきました(ちなみに、最新刊『TOO MUCH HAPPINESS』の表題作は、珍しくロシアの歴史上初の女性数学者ソフィア・コバレフスカヤの生涯を綴っています。長編を書いてみようか、という発言もどこかのインタビューで耳にしたことがありますし、78歳のマンローは何かの転換点を迎えているのかも?)。 マンローの作品を読んでいてよく思うのですが、マンローの世代の女性というのは、かつてなかったほどの大きな「女の暮らしの激変」を生き抜いてきたのではないでしょうか。それまでの女性は、妻/母という役割のなかでそれなりに安穏と生きていけた(もちろん抑圧その他に対するストレスは別として、一応は、という意味です)。母の、祖母の人生をそのままなぞっていけばよかったわけです。ところが「自由」という厄介なものがそんな枠組みを木っ端微塵に打ち砕き、見も知らない荒野で自分で道を探さねばならなくなった。マンローの作品で見られる、そんな荒野を彷徨う女性たちの姿は、この本で描かれるマンロー自身の姿にも重なります。 貧しい家庭で育ち、奨学金を得て大学へ進み、学費が続かず結婚。つぎつぎ子供を産んで育てるなかで、マンローはひたすら短編を書き続けます。パーキンソン病で寝たきりの母を抱える実家をいわば「捨てた」、両親が貧しい生活をおくっているのに自分はこんな豊かな暮らしをしていいのか、という後ろめたさ。近所の主婦たちからお茶に誘われると断れず、貴重な執筆の時間を削られる口惜しさを隠して「普通の主婦」を装ってしまう気弱さ。シャイで繊細で実直なマンローの人柄がくっきりと浮かんできます。やがて初の短編集でGovernor General’s Awardを受賞したときの新聞の見出しは『主婦が暇を見つけて書いた短編集』。ちなみに、後に離婚することになる夫は、マンローの作品の最も良き理解者であり、妻の才能を信じ、励まし、支援し続けたそうです。父のためにこれだけは言っておかねば、という勢いで、娘である作者は記していました。この離婚についてもっと書かれているかと、ヤジウマ根性で期待していたのですが、このあたりはじつにあっさり。ま、二人の実の娘としては仕方ないのかもしれません。そうなのです、マンローはその後離婚、再婚をくぐりぬけながら、着々と作家としての業績を重ねていき、カナダにとどまらず世界的な名声を獲得していきます。このあたりからは娘としての作者自身の思い出がかなり入ってきて、興味深いものがあります。ちょうどカウンター・カルチャーの時代に娘たちを育てたマンローの母親ぶりというのは、おそらくこの時代のそこそこ教養のある「ススんだ」母親には共通していたんじゃないかと思いますが、心配しつつも、娘にさまざまな「体験」を煽りたてたりするようなところもあるという、自分の時代からすると夢のような自由を生きる娘たちを眩しく見つめるスタンスであったようです。そしてこの頃から作者は「大作家マンローの娘」という重圧を感じ、劣等感に苦しんだりします。 作家マンローのいわば「生身」の姿が描かれているという面白さ以外のもうひとつの本書の魅力が、マンローの創作の秘密があちこちに散りばめられていること。短編の素材となった実際の出来事が記され、それをマンローがどのように膨らませていったかが語られます。リストを作って、紹介されている作品をもう一度読み直すと面白いだろうな、と思いつつ、まだ実行していません。マンローのファンなら必読。マンローを知らない方でも、激変の時代を作家として生きた女性の伝記として面白く読めるのでは。もしもマンローがノーベル文学賞を受賞したら、ぜひ本書を思い出して読んでみてください。

「これを読まずして年は超せないで」賞ノミネート作品紹介その3

「これを読まずして年は越せないで」賞のノミネート作品を、先日から9回にわたって4作ずつ紹介しています。今日はその第3回。公平になるようにアルファベット順です。 でも、せっかく2009年の賞ですから、2008から2009年にかけて出版されたものや今年映画化などで話題になったものにはつけさせていただきます。また長めの推薦文は別ページにリンクいたしましたのでよろしくお願いします。 本日のノミネート作品と推薦者 Everything Ravaged, Everything Burned by Wells Tower
    sosoraraさん

 The Forgotten Garden…

EVERYTHING RAVAGED EVERYTHING BURNED推薦文 by sosoraraさん

 生来のザル頭が最近いっそうひどくなり、読んだ片端から記憶が薄れます。短編集は特にそうで、ちょっと時がたつともはやうすボンヤリとした「感触」くらいしか記憶には残らないのですが、このデビュー短編集は、その際立った個性でもって私の記憶の霧のなかからくっきりと屹立しておるのであります。好き不好きはあると思いますが、文学好きの方なら、読んで損はない一冊かと。  人生のとあるところをさくっと切り取って、切断面からその人物や周囲の人間の人生の成り立ちを垣間見せる、じつに短編らしい短編が並んでいます。乾いた筆致で、的確に人物像を描き出すその描き方は、細やかというのではなくて、鋭く、ウェットなところのない独特の情感を醸し出しています。中年男、小学生の男の子、老人、少女。登場する主人公の年齢や性別はさまざまですが、みななんらかの挫折感や屈託を抱えています。とはいえ、挫折感や屈託をまったく抱えていない人間のほうがむしろ稀なのですから、そういう意味では現代人の普遍を描いていると言えるかも。その普遍が、じつにまあヘンテコなのです。人間というのはまったくもってヘンテコな生き物であることよ、とつくづく思わせてくれる作品集。現代のアメリカを舞台にした話が並んだあげく、最後はなんとバイキングの物語。伝説をなぞったかのような淡々とした殺戮の描写に、な、なんでここにこんなもんがくるのっ、しかもこれが表題作? と訝しみながら読み進めていくと、最後に、おおっ、こうきたか、とうならされます。いずれも見事な出来で、とてもデビュー作品集とは思えません。

‘The Forgotten Garden’応援文  by ムルハウザー

■無人島本間違いなしの忘れられない1冊! ●導入部の自己流あらすじ   第一次世界大戦前夜の1913年、4歳の少女がオーストラリアのとある港に下船する。しかし、付き添いはおろか迎えの影さえない。夕暮れ迫る埠頭、小さなスーツケースに腰かけ一人途方に暮れる少女。 見かねた港湾部長のヒューが連れ帰るが、少女は記憶喪失で名前さえ名乗れない。スーツケースの中身は衣類、女流作家の手になる1冊の童話集などで、身元の手がかりになりそうなものはない。 各方面に照会するが望ましい返事は返ってこない。そして、ネルと名付けられた少女は、ある罪深い事情からそのままヒュー夫妻に育てられることになる。 17年後の1930年、ネル21歳の誕生パーティの席上、ネルはよかれと信じた父から出自の秘密をささやかれる。その途端、ネルのアイデンティティーは崩壊し、以後、彼女は人が変わったようになってしまう。 さらに時が流れ2005年、臨終の床にある95歳のネル。孫娘のカサンドラが看取るなか、ネルは意味不明の譫言を残して亡くなる。「あの人が、女流作家が待つように言ったの……」。 祖母の死後、カサンドラはネルの妹たちから姉は私たちとは血のつながりのない他人で、じつは戸籍すらないと明かされる。また、弁護士からカサンドラは祖母から遺産として英国のコテージを相続したことを知らされる。 弁護士に英国行きを進められるが、カサンドラは気が進まない。しかし、彼の一言に耳がそばだつ。コテージの立つ地所の元々の持ち主は画家のナサニエル・ウォーカーだという。彼の挿絵はカサンドラのお気に入りだ。そして、それは10歳のとき、母親からネルの許に置き去りにされたあの日、祖母の寝室でこっそり読んだ童話集の挿絵画家ではなかったか。 祖母の遺した小さなスーツケースをあらためているうちに、カサンドラはネルの書いたメモを発見する。祖母は自分の出自がもう少しで明らかになりそうなこと、また、英国への移住を決意していたことを知る。そんな大事な計画を、なぜ祖母は断念したのか。そこで、カサンドラは思い当たる。計画を実行に移す直前、祖母は母から私を押しつけられたのではなかったか? 私のために、私のせいで、祖母は計画をあきらめた? こうしてカサンドラは、ネルの遺志を継いで彼女の出自を探るべく英国行きを決意する。それはマウントラチェット家の忌まわしい秘密を明かす旅でもあり、カサンドラ自身の再生の旅でもあった。 ●読者をリーダーズ・ハイ状態へと誘う語りのテクニック  以上が導入部で、すでに112ページ(Pan Booksのpaberback版)。全体はなんと625ページもあって、正直、厚いです。本が届いた時、予想外の厚さに思わずひるんだほど(背の幅約39mm)。果たして読み終えられるだろうか? 不安におびえながら読み始めたのでしたが……。 印象的なオープニング、小気味よい場面転換、各章の有機的なつながり、効果的に反復されるキーワードといった巧みな語り口に乗せられ、ネルに戸籍がないわけを知った頃には、早くも本書に引きずり込まれていました。しかし、それはほんの序の口に過ぎなかったのです。 洋書読みなら、一度ならず覚えがあるのではないでしょうか? ツボにハマるというか興が乗るというか、読んでいる本の世界の虜になると、あ~ら不思議、未知の単語もなんのその、意味がどんどん類推できて、読む速度も一挙にスピードアップ、なぜか読解力が急に高まるリーダーズ・ハイ状態! たちまち、その状態へと突入していったのです。 それはひとえに構成の妙と語り口のうまさゆえでしょう。導入部以降は、謎の女流作家にまつわる物語(1900~1913年)、ネルの英国での探索行(1975年)、カサンドラの追跡調査(2005年)の三つのストーリーからなるのですが、それらが交互に語られて進みます。その結果、時の隔たりを感じさせず、すべての出来事が現在形のようにいきいきと繰り広げられます。 さらに、ある時点から年代こそ違え、舞台が完全に重なり、過去が現在にも影を投げかけていることがわかってきます。そして、同じ人物や同じものが時代を変えて繰り返し登場します。その結果、あの林檎の木はあの時の林檎の木かとか、彼はあの時の少年だったのかといったように、読者が自ずと思い至る仕掛けになっているのです。この手法はじつに見事です。しかも、謎は明かされると同時に、新たな謎が生まれます。しかし、作者はその謎をもったいぶらず適度な間を置いて解き明かしてくれるというか、読者に気づかせます。こうなるともうページを繰る手は止まりません。 そうして、夢中になりながらエピローグにたどり着いた読者は、ネルの悲劇は単なる事故や過ちなどではなく、人間の織りなす思いや感情のもつれから紡がれた壮大な因果の結果、避けられない必然であったことを思い知らされるのです。そして、本書に挿入された童話の意味にもはたと思い至って、またしても作者の巧緻に舌を巻くことでしょう。そうしたら、ぜひ、もう一度、エピローグの文章を読み直してみてください。作者のネルに対する思いに心打たれずにはおれないはずです。個人的には、読後、これほど深い余韻に包まれた小説は久しぶりでした。 ●読後も副作用が  本書の文章はイメージを喚起しやすく、読後半年近く経った今でもいろいろな場面が思い浮かびます。しかもまるで、この映画の予告編を目にしたかのように、ありありと。本書は本国(オーストラリア)はもとより英米でも好評なようですから、映画化の可能性も高そうです。願わくば、BBCで8時間くらいの連続テレビドラマ化を! というのも、舞台は英国の古いお屋敷、いわく十分の複雑な迷路、四方を壁で囲まれた秘密の花園、崖の上に立つコテージと、まさにBBCにおあつらえ向きだからです。 作者も女性、描かれるのも世代を超えた3人の女性の生き方と女性向け要素が濃い本書ですが、壮大な謎解き、圧倒的な物語の面白さ、それを支える構成や語りの妙など文芸ミステリーとしても極上、小説好きになら老若男女誰にでも自信をもっておすすめできます。 この応援文を書くに当たり、ひろい読みしていたら急に再読したくなって、実際読み始めてしまいました。すると、初読の際に読み飛ばしていた細部にまで作者の神経が行き届いているのにすぐに気づかされました。本書のさりげない、それでいて読者を駆り立てずにはおかない語りの技巧を堪能するには、再読必須かも知れません。個人的には、これからも折 触れて読み返すでしょうし、無人島へも必ず持っていきます。 長々と駄文を弄してしまいましたが、この読者をして思わず熱く語らせてしまうところこそ、何にもまして本書の魅力の証しではないでしょうか? なにしろ、希代の読書家かつ読み巧者のわれらが渡辺由佳里さんも「この本がどれほど好きかをちゃんと説明するにはわが家にご招待してお茶ではなくモルトウィスキーあたりをかかえて一晩中お話するしかない……」とおっしゃっているくらいです。そう、読んだら語らずにはいられなくなってしまう本なのです。一晩中語り合いたくなってしまう本なのです。本書こそまさに記念すべき第一回「これを読まずして年を越せないで」賞にふさわしい傑作だと思います。

三重の物語を読み終えたとき、あなたは何を感じるか?— The Blind Assassin

Margaret Atwood 521ページ出版社: Anchor文芸小説2000ブッカー賞受賞作、カナダ総督賞最終候補作 http://rcm.amazon.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&npa=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=yofaclja-20&o=1&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=10FE9736YVPPT7A0FBG2&asins=0385720955 http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?lt1=_blank&bc1=FFFFFF&IS2=1&npa=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=yukariscott-22&o=9&p=8&l=as1&m=amazon&f=ifr&md=1X69VDGQCMF7Z30FM082&asins=0385720955 私が差し上げたいノーベル文学賞残念賞その4 年老いた未亡人のIris Chase Griffenは、妹Lauraが第二次大戦直後の1945年に亡くなったときのことを思い出し、彼女がそのとき何を考えていたのだろうと思いを馳せる。彼女の追憶に引き続き、Lauraの死後発表された彼女の小説The Blind Assassinが始まる。裕福な女性が労働者運動家でパルプ小説家の愛人と密会するとき、彼から語り聞かされるのが残酷なディストピアを舞台にしたThe Blind AssassinというSFである。 劇中劇はけっこう存在するが、アトウッドのこの作品は、小説中の小説の中にさらにこのSF小説が存在するという複雑さだ。…

「これを読まずして年は超せないで」賞ノミネート作品紹介その2

「これを読まずして年は越せないで」賞のノミネート作品を、昨日から9回にわたって4作ずつ紹介しています。公平になるようにアルファベット順です。 でも、せっかく2009年の賞ですから、2008から2009年にかけて出版されたものや今年映画化などで話題になったものにはつけさせていただきます。 本日のノミネート作品と推薦者 Blonde Faith by Walter Mosley
  デンスケさん

 The Book Thief by Markus Zusak
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「これを読まずして年は越せないで」賞ノミネート作品紹介その1

「これを読まずして年は越せないで」賞のノミネート作品を、本日から9回にわたって4作ずつ紹介してゆきます。公平になるようにアルファベット順にいたします。 またせっかく2009年の賞ですから、2008から2009年にかけて出版されたものや映画化などで話題になったものにはつけさせていただきます。 本日のノミネート作品と推薦者 A.Lincoln by Ronald C. White, Jr.  shojiさん The Alchemist By Paulo Coelho ピアレス…